「私の男」2011/11/11 02:36

つないでいるおとうさんの手が、あたたかかった。この火傷するような熱がないと、一時も生きられない。おとうさんでわたしのこころもからだもあふれて、腐り果てそうなぐらいいっぱいに満たされていた。

 桜庭一樹。アニメ好きな人には、「GOSICK」の原作者といった方がわかりやすいでしょう。
 しかしこの作品(直木賞受賞)は、あんな可愛らしいモノじゃなくて。
 表紙だけ見ればポルノっぽい(でも、かっこいい)ですが、中身はもう、欠落による執着をあそこまで描けば、ほとんどホラーです。幽霊に近い、とおもう。
 ヒロインの名前からして、「腐野 花」って。
 9歳のときに津波で家族を失った花が、雨の匂いのする男・淳悟の養女になってからの15年間を六章にわけて、一人称で語られるわけですが、時間軸は、2008年から1993年まで、過去にさかのぼる形で、二人の15年間が掘り下げられていきます。
 そんなわけで、花が淳悟の元からお嫁に行ってしまう第一章がクライマックスで、最もゾクゾクさせられます。冒頭数ページの淳悟の描写にやられます。最後まで読み終わってから即、初めから読み返すのが本書の正しい読み方でしょう。
 大人になった花が、養父との関係の暗さが嫌になってくる2003年あたりを、作者は描いてくれていないのですが、そういった空白すらも「読者の想像の余地」を提供されているような気がしてきます。小説的というより、抒情的です。
 常識的に見れば、娘を性的虐待していて、ネットリした背徳がたっぷりなんですが(たぶん、普通に年代順に物語を追っていけばかなり嫌悪感があると思う)、花も淳悟も、その思いが切実すぎて泣けてきます。
 欠落を埋めたくて、憎しみを持て余して、罪に怯えて、暗い海に惹かれて、互いだけを求め合う、あまりにも濃密すぎる、父と娘。