「国姓爺合戦 曽根崎心中」2012/05/05 11:18

 ほるぷ出版の、日本の文学 古典編より。注釈と、現代語訳と、解説文もついていて、「舞台上ではこんな盛り上げ方してたのかな」なんて、華のあるお芝居をイメージしながら。

 しかし、じゃぱんの浄瑠璃劇なはずなのに、先日みたイラン映画よりも理解しがたい「国姓爺合戦」……忠孝の道があまりにも激しすぎて、感動するどころか、ついていけません。
 父が元・明朝に仕えたチャイニーズで、母が日本人な鄭成功が、清に滅ぼされた明朝復興のために挙兵するって史実を元にした「時代物」。
 こういうのは、ファンタジーも交えて派手に景気よくやって喝采を浴びるもんなんで、その辺の都合の良い展開は(お守り一つでトラを従えたり、普通の漁師のおかみさんやったのが数年で剣の達人になってたりとか)普通に読めたのですが。
 皇太子の身代わりに自分の赤子を殺す呉三桂さんとか、「女房の情けによって裏切ったと言われるのは武人としてのメンツがたたないから」なんてスカな理屈で奥さん殺そうとする甘輝さんとか。
 特に、女性の扱いがなあ。誇り高く凛とした強い女性を描き、そして彼女たちの自己犠牲のさまを「見せ場」にする作品です。肝心の、敵の王様打ち取る場面なんかは、何かのついでみたいな、実にアホらしいあっけなさでした。

 曽根崎心中は、「世話物」でもっと観客に身近な出来事を物語にしているので、仙人とかは出てきません。さすがに、哀愁漂う節回し、凝った言葉が連ねられます。
 情景としては、最後の道行なんかも儚さいっぱいですが、それ以前、縁の下に隠れた徳兵衛が、お初の足を抱いて意思表示をする演出は、エロティックと切なさとがありますねえ。色っぽいお人形だったことでしょう。
 徳兵衛も、条件の良い縁談をけってキッパリと恋仲のお初を取ったり、義理を果たすための大事なお金を友達に融通したり(そして騙されちゃうけど)、なかなか男気のあるやつです。
 お初さんも、そんな徳兵衛を支持して、ついていく。
 元禄時代の人々は「義理と人情」をすっごく大事にしてたんですねえ。

「わが母の記」2012/05/06 23:35

 青々とした、わさび畑。パンフレットに載っていた、鰹節とわさびをご飯にまぶして食べるってのをやってみたら、メッチャ美味しい!
 これは、公開されたら絶対観に行こうと思っていた映画。実際の井上邸で撮影されてたってあらかじめ知っていたら、役者そっちのけでお屋敷ばっかり見てたに違いありません。
井上靖好きで、卒論テーマにしたくらいなんですが、でも原作は未読。
 古き良き昭和って感じでした。風景の美しさ。人々の心の美しさ。お父ちゃんの育ての親が曾祖父のお妾さんだったって聞いて「フケツ…」てな末娘の反応が昔っぽい。
 妾って立場は、現代よりももっと、他人からは後ろ指さされるものだったのでしょう。しかし、作家の伊上は、実の母よりこの「土蔵のばあちゃん」に懐いていた。
 母と息子との確執。
 母が老いていって、記憶も判断も分けわかんなくなっていくこと。
 映画では、伊上の末娘にもスポット当てるのですが、素直に母親と息子の物語として書いた方がテーマがすっきりしたような気もします。宮崎あおい、十代の少女から大人の女性まで、上手に演技していましたが。
 女性たちの賑やかな映画でした。しょっぱなから、主人公の妹二人の喋くりで、主人公の子供も娘ばかり三人(実際は息子もいたのですが、けっこう、事実と異なる設定多いみたいです)で、さらに、奥さんに、メガネの美人秘書に、お手伝いさんに。
 主人公を役所広司がやっていたんじゃなけりゃ、女たちのパワーにかすんでしまってもおかしくない感じです。これもなんか、明るい亭主関白っぷりが、昭和のお父ちゃんっぽいのです。
 そして、樹木希林の、ちっちゃく丸まったオバアチャン。可愛らしさと憎たらしさを併せ持った「ボケちゃった」様子を好演です。さすがです。
 母と息子との関係性については、母親が渡したお守りとか、息子が母親をおんぶしたりとか、割と普通な演出でした。二人の演技も抑制されていたっていうか、直接ぶつかり合うってことがあんまりないんですよ、誰が誰かもわかんないくらい、婆ちゃんボケてるから。だからこそ、詩を読むシーンは、感動的だったかなあ。
 老人介護の問題は、確かに大変なんですが、でもどこか、微笑ましい感じもあって。わだかまりを抱えてはいても、ボケた婆ちゃんを邪険に扱う人が一人もいない。変わっていく婆ちゃんを嘆いたり、大変な思いをして腹を立てることがあっても、みんなで協力して面倒見ようとしている。
 みんなでやれば、介護って、アタタカイ。

「プラスマイナスゼロ」2012/05/13 11:47

 このふたりには、たぶん、わからない。
 でも、それはどうでもいいことなんだ。平凡なわたしが言いたくても言えず、やりたくてもできないことをやれるカッコイイ女と知り合えたことにくらべれば、どうでもいい。とてつもなく不運なのに前向きで、ちゃんと他人をかばったり思いやったりできる女と仲良くなれたことにくらべたら、どうでもいい。

 軽いモノを読みたくなると、やっぱり若竹七海です。短編連作学園モノ。ミステリや幽霊も出てきますが、本書はやっぱり、個性的な女子高生三人の愉快なやり取りが楽しいです。昔読んだ「スクランブル」みたいな。
 プラスとマイナスとゼロ。全然タイプの違う三人がなぜか一緒につるんでいるわけですが、「ゼロ」である平均的平凡少女が、一番言うことキツくってイイです。
 アル中DVの夫に深夜にお酒を買いに行かされてひき逃げにあってしまった可哀想な主婦に対しても、本気でどうしても嫌なら逃げたり離婚したりすればいいのにそれでも一緒にいたんだから当人も納得してたんでしょ、てな、辛辣さ。
 可哀想な人に対してもバッサリ!な毒の要素と、それをユーモアで包んでしまう、このバランス感が、読んでいて安心できます。
 今回はお気楽な高校生が主役なので、毒の部分は薄目で、ばかばかしいお笑い感が多め。
 文章もリズムのある一人称で、通勤時にサラッと読むのに最適でした。

「アーティスト」2012/05/19 22:05

 演出上、ほんのわずかに挿入される以外、基本的に音声なし。その代り、ずっとバックミュージックがかかっています。昔の映画館では、音楽は生演奏だったのですね、贅沢です。
 無声映画。
 役者の吐くセリフ、という大きな魅力を制限することにどれほどの意味があるのか。
 ありました!
 犬です!
 セリフ無きワンちゃんの表情、演技力が大いに発揮された映画でした。可愛いい、賢い、イイヤツだ!
 なんて。主人公の飼い犬以外にも、ちゃんと見どころはありました。
 無声映画時代の銀幕スターが、しかしトーキーという時代に乗り遅れて、株価の暴落なんかもあって、何もかも失ってしまう。そんな彼に寄り添うワンちゃん。
 その一方で、無名の新人だった女優が大当たりして、スターリズムを駆けのぼる。
 主人公は、自分の出演作品を「芸術」として誇りを持っていたもんだから、変に固執してしまったのですね。どんどん落ちていく彼の悲哀が切ないです。
 しかし、です。テクノロジー的に古くなってしまっても、良いものにはちゃんと、価値がある。
 大昔のファミコンソフトの名作が、最新ゲーム機のソフトに必ずしも劣るとは言えない、みたいな?
 そんなことを思い起こさせる映画でした。

「黄蝶舞う」2012/05/26 10:21

 作者の浅倉卓弥氏は、第一回の「このミス」大賞受賞者なんですが、本書はミステリではなく、頼朝からの源氏三代の衰退を描いた短編集です。
 律儀で論理的な性格なのか、実際の資料で読み取れることを提示したうえで「こういう解釈、こういう想像もできるね」って書き方で、歴史小説っていうのはそういう資料の隙間を想像で埋めることによってできるのだなって思いました。しかし、「ひょっとしたら」「あるいは………だったのかもしれない」てなフレーズが多くてちょっとうるさくもありました。歴史小説が「仮説」であることぐらいわかりますって。
 ただし、純粋な歴史ものってわけではなく、怪しげな呪術やら魑魅魍魎がうようよ出てきて、けっこう幻想的、とも言えます。この時代はまだ、そんな霊的なモノの庇護を受けたり呪われたりした世界だったのですね。と、わりとすんなり納得できるのは、平家物語の影響力でしょうか。
 大河ドラマでようやく活躍し始めた平清盛さんは、頼朝さんの回想と怨霊化した姿でしか登場しません。
 それと、読む順番を間違えたな、と思いました。治承寿永の乱を描く「君の名残を」を先に読むべきでした。登場人物が……
 作品構成は、頼朝の長女・大姫が二十歳そこそこでお亡くなりになる「空蝉」からスタート。小学校低学年くらいの年に許嫁だった相手をソコまで熱愛できるもんなのか?とも思うのですが、そこは、創作の妄想が膨らむところなんでしょうね。幼いからこそ純粋だったのかもしれません。
 次いで、「されこうべ」で頼朝さん落馬。大河ドラマで「友切」って呼ばれてた太刀が作中では「髭切」になっていたのですが。
 それから「双樹」で頼朝の長男・頼家さんが将軍職から追いやられて謀殺され、
 その弟、和歌で有名な三代将軍実朝さんの、なんか痛ましいほど虚しさいっぱいな生涯を「黄蝶舞う」で描き、
 頼家さんの息子さん・公暁君が「悲鬼の娘」でクーデターへの道を進んでいきます。この話だけは、直接怨霊の姿は出てきませんが、物の怪じみた人間は、出てきます。
 皆さん大変に不幸な運命を背負って(頼朝さんは自業自得な気もしますが)、一気に読むとちょっと欝な感じです。源氏の栄華がたった三代で潰えたのは怨霊のためっていうより北条氏が原因って気もしますが、源平の争いが収まって幕府ができても、御家人同士の争いなんかが絶えず、なかなか平和な世の中にはならなかったのです。
 浮かばれぬ魂が集まっているところ。……鎌倉という土地が、なんか怖くなってきます。