「君の名残を」2012/06/08 23:46

 雪が積もり、川が流れる。その両岸に、二人の姿。
 表紙の絵を並べただけで、なんか泣けてくる。

 タイムスリップ歴史ロマンス。なんていうとなんだかラノベみたいですが、そんなにライトでもない。
 思ったよりしっかり「平家物語」やっていて、史実にはいちおう忠実。狡猾で女好きな頼朝さん、狡猾で邪悪な感じの後白河法皇、一族の滅びを予感してテンパる清盛さん、その平家をなんとか守ろうと奮闘する知盛さん(とても怨霊なんかにはなりそうにない潔さがありました)、そして、源氏の二大英雄の、活躍と悲劇。この時代の熱い蠢きが、ちゃんと感じられます。主な合戦場を記した日本地図とか、家系図とか、歴史略年表とかも用意されているのが嬉しい。
 だけど、その裏側をファンタジーで作っている。「時」に対して独特の解釈っていうか思想が語られていて、要するに「火の鳥」をそういう風に解釈してるんですね。手塚治虫に影響を受けたって著者自ら述べていますし。
 簡単にまとめると、「時」(と言っても、物理的な時間って意味じゃなく、歴史とか時代とかいうコトだと思う)は生死を問わず全ての者たちの「思い」が一つに合わさってできている。そして、「時」は一つの意思を持っている。
 その意思に導かれて、幼馴染で剣道部主将の高校生が、800年前の平安末期の世界へ送られてしまう。二人の名前は、友恵と武蔵……
 二人ともそんなに歴史に詳しいわけじゃないけど、木曽義仲と源義経が非業の死を遂げるくらいのことは知っているわけです。友恵ちゃんの嘆くこと。一人ぽっちで過去に連れ去られて、それでもどうにか自分の新たな居場所を得られたと思ったら、自分が結婚する相手が元服後義仲を名乗ることを知ってしまうのです。なんとしてでも、義仲を守る……その日からずっと、友恵ちゃんの戦うべき敵は平氏でも坂東軍でも法王でもなく、「歴史」そのものになるのです。
 一方の武蔵君の方は、自分の居場所を守りきれずに失くしてしまった後で義経と出会ったものだから、どこか運命に対して諦めがあって、自分が弁慶になるためにタイムスリップしてきたのなら、とことんまで付き合おうって感じで。
 この二人が十数年ぶりに再会した、そのシーンがあまりにも残酷で。分かっちゃいたけど、運命は残酷でした。
 そこがこの物語のクライマックスで、その後も壇ノ浦の章、平泉の章と続き義経君も活躍してそれも楽しいんですが、しかし、主なのは伏線の回収って感じもします。失ってしまった場所、失ってしまった人。その「名残」を感じながら、生きていく人々。
 謡曲「巴」からとったというこのタイトルが、上手いなあ。
 主人公二人がタイムスリップした理由については「そこまでせんでも」とも思ったし、強引な展開だと思う点もありましたが、それでも、引き込まれるお話でした。
 友恵ちゃんが過去へ行ったのは、義仲を愛して彼を支えるためだった。武蔵君が過去へ行ったのは、平泉の炎に立ち会い、立ち往生するためだった。「時」の思惑とは関係なく、そう思えてならない。