「わが母の記」2013/06/22 11:59

 認知症老人のお話も、井上靖にかかるとこんなロマンチシズムになるのか。
 認知症の症状や介護についての具体的記述もちゃんとあるのですが、著者の感じる印象っていうか感傷が中心です。
 母親の八十歳、八十五歳、八十九歳と、三回にわたって書かれた小説ですが、それぞれ「花の下」「月の光」「雪の面」という風景画のようなタイトルが付きます。
 昨年観た映画版でも、昭和の日本の風景の美しさが印象的だったのですが、原作小説の方では、著者のうちに浮かぶ心象風景が美しいです。詩人だなあ。
 映画版にあったような母と子の確執なんかはなく、淡々と母親の老いは進んでいきます。それから、映画版でもそうでしたが、井上家の皆さんの家庭内会話はなんかいい感じです。古き良き昭和の、品のある日本語で。

 講談社文芸文庫には、もう一遍「墓地とえび芋」という短編が収録されてありました。「わが母の記」が「死」と「老い」を通じて生の有様を描くのに対し、この短編の方では「死」と「誕生」が交錯しています。
 先日、生後半年になる甥っ子が実家に連れてこられて、泣きっぱなしだったのですが、井上靖にかかると、その声は「受話器を通して聴く限りは、ひどく華やかであり、いかにもこれから長い人生を生きていくエネルギーを噴出しているかのようであった」
 そんな感じ。