「PLAN 75」2023/01/04 00:02

京都みなみ会館は数年前にリニューアルオープンし、おしゃれな外観に上映作品も企画も結構魅力的。ただし、封切りからちょっと遅れて上映。
「PLAN 75」は2022年カンヌで評価され、ざっとした設定は知られていました。早川知恵監督のオリジナル脚本は、近未来型「姥捨て」物語。若者が老人を虐殺する冒頭が、リアルにあり得そうで怖い。繰り返される惨劇に、老人施設では来訪者に対しボディチェック、政府は老人に積極的な死を選んでもらうための手厚い制度を定めた。
しかし、姥捨てっていうのは、年寄りを送り出す側の哀切の物語でもあります。制度に関わる若者たちの、割り切れない、暗い目。最終的な仕事に関わるのはお金に困っている外国人っていう、そういう細かいところが、リアル。
主演の倍賞千恵子は、さすがの貫禄、存在感。か弱い老人のリアル、芯の強さと親しみやすさを兼ね備える。
慎ましくも整頓され清潔感のある生活を送るミチ、78歳。仕事も住む家も見つからず、生活保護に頼ることも考えたけど、いずれ一人でひっそり死んでいくことを思うと。
ミチの選ぶ、未知の道。

「平家物語 犬王の巻」2023/01/05 23:19

古川日出男著、河出文庫で、解説は池澤夏樹。昨年観たアニメーション映画の原作小説。
小説ですが、明らかに映像向けっていうか、読む、よりも語る・聞くを意識した文体。
リズム重視、繰り返しを多用し、情景描写はほぼ無い。
空白の多い語り文芸なので、そこを自由に埋めていった映画版の方が濃密で面白い。そのうえで、映画では略された犬王舞台についての説明や、権力者・足利義満の人物像、歴史的背景なども分かり易く興味深かったです。
ラストで犬王が友魚の霊を迎えに行くところは、原作の方が私好みでした。
呪いを受け、一人は視力を失い、一人は醜く崩れた肉体で生まれてきた。琵琶法師として、能役者として生きた二人。霊験の闇、現世の闇に囚われた彼らが、光を目指します。

ランタンと琉球太鼓2023/01/14 23:40

魂を震わせる、ずしりとした響き。時に指笛。
据え付けて連打する和太鼓とは趣が異なる。吊帯を肩から斜め掛けし、腹に抱えた太鼓を右手のバチで打ち、緩いテンポでくるくるとステップを踏む演舞。
三十名ほどのメンバーは、小中学生が多いか。幟には「琉球祭太鼓 京都支部」とありましたが、大阪や兵庫からも集まってきたという。雨が上がって本当に良かったです。

そんな奉納太鼓が行われたのは、萬福寺のランタンフェスタ。日中国交樹立50年記念で、先月から開催されている光のイベントです。中華風寺院に中国のランタン飾り。入場料が強気なお値段設定だったのですが、市民サービスデーで半額以下、甘酒無料券あり、に釣られました。
骨組みにカラフルな布やガラス小瓶を貼り付けた、鶴やお釈迦様や宝船や桃園の孫悟空などの像が、日の落ちた境内に輝く。変わったものでは、樹脂製の大きな輪が色とりどりに吊り下げられている。十年以上ぶりくらいに、ブランコを漕ぎました。それも、色の変わる光を放つやつを。
蓮池周りの、大型犬サイズの昆虫たちのランタンは印象的でした。中国では虫っておめでたいモノなのでしょうか。
イタリア由来のルミナリエほどの洗練はありませんが、愛嬌は感じます。

「魔術はささやく」2023/01/15 22:25

宮部みゆきの出世作、日本サスペンス大賞。
前半は「火車」のような社会派でいくのかと思ったら、後半はSFみたいになって、ミステリとしては中途半端な気はします。
それでも、ちゃんと面白く読めました。各登場人物たちに説得力があり、軽妙な会話で飽きさせない。主人公の守くんは深刻な生い立ちですが、力になってくれる大人や友人がいて、変にねじ曲がることなく育ってくれました。
しかし、彼はそれだけの少年ではない。高校のいじめっ子に激怒して、逆に相手を精神的に支配することに成功する。
そこに鍵穴があり、それに合う鍵を用意すれば、中身は第三者の手の上に容易に転がされる。魔法の鍵は、取り扱い注意。それなのに、簡単に使ったり、使われたりするのです。
人の意識の底にある、欲望や不安を開く、魔術。クリスティーのポワロものにも、人を操るたぐいの事件がありました。
世界中で、人は、さまざまな形で魔術にかかり、自分では止まれぬダンスを踊るのでしょう。

「ケイコ 目を澄ませて」2023/01/21 09:50

祝、毎日映コン大賞。三宅唱監督や岸井ゆきのも受賞。22年の主演女優賞は倍賞千恵子の総ナメかと予想していましたが、ベテランの円熟以上に若者の挑戦とひたむきさを買われましたか。

ボクシング映画をちゃんと観るのは初めてかもしれません。しかし、これが映画向きな題材なのは、分かったように思います。
鍛えられ、研ぎ澄まされた運動の美しさは、フィルムに焼き付けるのにとても相性が良い。
その一方で、この作品は、主人公の雑多な日常も、同じ重量で描き出す。
実在の聴覚障害ボクサーをモデルにし、みんながマスクをしている時代の不都合さもエピソードに盛り込まれています。しかし主題はそれではない。
ハンデを乗り越えてプロボクサーになり、ほぼ毎日ジムに通い、毎朝ロードワークをこなす。彼女の熱心さ、目の輝きは、雄弁に語ります。ボクシングが好きだと。
ところが、人間は複雑。トレーニングはキツいし、試合は勝っても負けても痛い。そんなところへ、お世話になっていたジムの閉鎖が告げられる。……辞め時か?
強くなんかない。
多くを語らぬヒロインの、素直な声を聴くために。
この映画は、観客の方こそが、目を澄まそうとする。

「天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い」2023/01/28 12:19

石風社の「医者、用水路を拓く」は中村哲医師暗殺後に図書館で借りて読み、目から鱗が落ちる思いでした。土木工事を見る目が変わりました。アフガニスタンという国の歴史や社会も興味深い。9.11後のアフガンを同国農村地帯から見た記録として、歴史的価値もある一冊と言えるでしょう。米軍がテロと戦っていた裏で、地球温暖化と闘う人たちの姿。
今年になって中村医師の別の著書を読んだのは、昨年の米軍敗北やロシア・ウクライナ戦争の影響もあってのこと。ウクライナでは破壊された町の映像が大量に発信されましたが、同様のことはアジアの農業国でも起こっていたのです。
NHK出版の本書も、用水路作りが中心ではありますが、技術的・社会的な困難についての説明を大きく端折った分、読みやすい。2013年までの30年間プラス、著者の生い立ちにも触れられています。
記述内容が時間を遡ったり進んだりすることも多く、巻末の年表を見返しつつ読んでいくのですが、様々な事件や事業が同時並列で繰り広げられているものです。
著者の功績は大きい。そして、事業に協力した大勢の人たちがいました。凶事により偉大な人物が失われましたが、志や技術を受け継いだ人々と、水路は残されました。
命が尽きても、魂は輝き続ける。