「コンビニ人間」2017/10/09 00:17

昨年話題になった、芥川賞受賞作。
自分もこの年で独身で派遣社員やっているし、36才コンビニバイトのヒロインに対する周囲の反応には、身につまされる部分もあります。
ただ、彼女は明らかにもっとはっきりと異常者でもあります。他者への共感力が極端に低い。真面目で他者を気遣うこともできるのに、「あちら側」に合わせようと注意を払う様子は、なんだか痛々しい。
しかし、異常な彼女の目で見た正常な「あちら側の人々」だって、結構不条理でけったいなモノたっだりします。
テキパキと意欲的にコンビニ仕事に従事する彼女の姿はプロフェッショナルとして頼もしくもあり、その合理的にマニュアル化された場所だけが彼女に理解でき世界と繋がれる場所だと思うと寂しくもアリ(世界のどことも正常に繋がれない人もいるけど)。
異物はすぐに排除される、という文章がありました。修復される、とか削除される、とか。
そういえば最近できた新党でも「排除する」って言った人がいました。一理あるとは思いながらもどこか、もやもや感を覚えた。その理由が分かりました。
そういう人がトップにある集団は、きっとひどく、冷たいのだろう。

「春の庭」2015/08/06 00:38

今年は時期が早まって。
明日にはもう、夏の甲子園大会が開幕します。


というのに、柴崎友香著・「春の庭」です。昨年下期の芥川賞作品。
テーマは明確すぎるほどはっきりしていて、人の生活する場所、土地、住居。それを通して人々の生きる様を映すっていうか。
登場人物たちも個性的で、主人公の太郎さんなんて、面倒くさがりな所に非常に親近感を覚えます。
それなのに、なんか、印象が薄い。繋がっているようないないような、取り留めもないエピソードに、眠たくなってきます。
言いたいことはなんとなく分かるのに話の焦点をどこに持って行けばよいのか分からない、奇妙な読書。
結論として。私には難しすぎる作品。

「九年前の祈り」2015/08/02 16:15

朝刊の、一ページ丸ごと広告!文芸春秋の本気度が伝わってきます。
人気芸人という話題性だけでなくて、書評でも絶賛、会社のオッチャンも面白いとおっしゃっていて。
それでも、自分ひねくれているのかなあ、こんな広告見ちゃうと、デビュー作即芥川賞は、やっぱり文芸春秋売り込み目的なんじゃないかと思ってしまいます(未読)。




そんなわけで、かつてなく芥川賞が話題になった今になって、昨季の受賞作です。
まず、ウチの両親も大分出身なのに「こんな方言聞いたことない」のが印象的でした。地域によってだいぶ違ってくるのですね。
都会でバツイチになった女が、子供を抱えて実家に戻るのですが、なかなか厳しいお話だと思いました。
外見は可愛くても人に懐かず泣きまくる息子を、母親はしばしば「引きちぎられたミミズ」にたとえます。子供を心の底から、愛せない。
そんな状況に、九年前のカナダ旅行のエピソードが混ぜ込まれていきます。同行した地元のおばちゃんたちの天真爛漫な様はリアルで。
なのに、幻想的な様子にも思えます。主人公の回想、というフィルターがかかっているからでしょうか。
肝心な「九年前の祈り」がふわふわと曖昧なものだから、最後に厳しい状況にいたヒロインに光が見えるような演出になるのは、違和感がありました。
実際に、おばちゃんたちと再会して元気をもらう、的な展開なら分かりやすいのですが、会いに行く前の段階なのです。
考え方を変えてみれば。
フィルター付き幻想回想であるから、祈りの部分だけをすくい取れたのかもしれません。リアルな現実では、具体的な困難も、目につきやすいものですからね。

「爪と目」2013/12/13 22:23

 藤野可織の、芥川賞受賞作。
 たいへん、面白かったです。やっぱり関西出身(京都)の年の近い(80年生まれ)の女性作家さんの作品は、読みやすいです。
 どこがどう面白いのか説明するのは難しいのですが。
 語り手である「わたし」が「あなた」について述べる、二人称の形が上手く機能していて、作品の不気味さが倍増しています。
 語り手は三歳児、という形で、実際はそんなわけない(彼女の知りえない過去の事象や心情なども語られている)のですが。
 時空も人の心の深層までも見通す千里眼の、三歳児。
 大きな痛みも喜びもない空虚な人間像を、さらに冷めた目でみつめる、三歳児。
 というイメージの中で物語は進んでいきます。
 タイトルから、ラストシーンはこの三歳児の爪が「あなた」の眼球に突き刺さるのではないかとドキドキしてしまったのですが、そんな猟奇的展開にはなりませんでした。
 あくまでも幼児のイタズラの範疇(ギリギリ)に収めてしまったからこそ、彼女たちの生まれながらに冷めきった人間性に、リアリティが添えられた感じもしました。

「abさんご」2013/11/18 00:44

 平成24年度下半期の、芥川賞受賞作。
 横書き、漢字を避けてわざわざ平仮名表記、一語の名詞ですむモノを回りくどく表現(たとえば「死者が年に一ど帰ってくると言いつたえる三昼夜」って、何のことかと思ったら「お盆」のことでした)・・・・・
 そんな感じで、文字数をたくさん費やし詳細に説明されていながら、ごく簡単な事象が読解しづらく、薄ぼんやりしたイメージになってしまう小説です。
 読みにくさのあまり最初の数行で一度本を置いたくらいですが、幸いなことに、思ったよりも早くこの文体には慣れました。
 慣れなかったのは、語られている内容の方でした。
 主人公(たぶん女性)が、自分の幼少期や親(おそらく父親)の死について、断片的な回想を述べています。述べているっていうか、夢に見ているっていうか、ぼやぼやと漂わせているというか。
 輪郭のはっきりしない、印象派絵画のようです。人の記憶って、そんなものかもしれません。
 印象が甘ったるいのは、特異な文体のせいだと思います。
 しかしきちんと読めば、語り手の思考は意外と冷静で論理的で、なんか冷たいのです。
 びっくりするほど体温の感じられない、好きになれない主人公でした。

「冥土めぐり」2012/08/25 22:34

死んだような過去の思い出をたどり、新たに生まれ変わる主人公。
図書館の文芸春秋で読んだ、鹿島田真希の芥川賞受賞作。
ですが、読み始めて数行で「これ、ニガテ」と思いました。主人公の「自分、不幸なんです」って主張が強すぎて。
実際、ダメな母とダメな弟のせいで、ひどい目にあっていて、お気の毒ではあるのですが。
そこまで嫌なら、唯々諾々と振り回されてないで逃げるなり抵抗するなりイイのにって思ってしまいます。
親兄弟のコトなので、そうそう割り切れるものではないし、こういう気持ち悪い依存関係にある親子がこの世にあることも重々承知しているのですが、それにしたって「どうしてそうなっちゃうのか」って部分をもうちょっと追求しないと説得力に欠ける気がします。
説得力がない、といえば、常軌を逸するほどイイ人な主人公の夫の存在。体は不自由だけど魂は聖人のように清らか。著者はクリスチャンらしいので、意図的にそういう人物として描いているのでしょう。この夫のおかげでヒロインは不幸の沼から抜け出す希望を得るのですが、ここまで天然にイイ人の存在がなければ人生をやり直すことができないのかって思うと、逆に希望が感じられないなあ。
平成版「斜陽」って説明を読んだことがありましたが、全然違いました。没落した金持ちってところは同じでも、「斜陽」のお母様と比べて、あまりに精神が貧しいです。
お金の有る無しが、人間のすべて。
あまりに古い価値観なのに、未だにそこか離れられず、現実を見ない母と弟。
これを現代日本の縮図であるかのように見るのは、やっぱり、無理があるよなあ。

「きことわ」2012/07/16 08:36

 抑え気味の、でも硬くはなくてむしろ甘やかさのある文章が、作品に合っています。
 昨年の、芥川賞受賞作。作者の朝吹真理子さんは私よりも六つもお若い方で。当たり前だけど、年々、自分より年少の作家さんが増えてくるなあ。
 なんでタイトルが普通に「貴子と永遠子」じゃないのかって思ってたんですが、読めば納得でした。この作品そのまんまって感じ。
 夢と現、事実と虚構、過去と現在、貴子と永遠子が絡まりあう。境目があいまいで、入り混じっている。今読んでいる記述が貴子のことなのか永遠子のことを語っているのか、一瞬わからなくなってしまうことが何度かありました。全然個性の違う二人なのに。
 毎年、夏の日をともに別荘で過ごした二人。
八歳だった貴子と、十五歳だった永遠子が、二十五年後、三十三歳と四十歳になって再会するお話。お話っていっても、昔を思い出しながら別荘のお片付けをするだけのことで、ストーリーらしいものはないんですが。
不思議な、倒錯感があります。

「道化師の蝶」2012/03/04 23:32

読書の時間確保のために、通勤電車の中で文庫本を広げることもありますが、十分少々の細切れよりも、図書館で集中して読める方が、やっぱりいいなあ。

 と、言いながら、これ読んでいて、始めのうちは、眠かったー。
 芥川賞採った、もう一作。文章を味わうとかストーリーを楽しむとか哲学を考えるとかしようとせずにただ単に日本語の字面だけを追っていくようにすると、なんとか読めるようになりました。
 読み終わってからの感想は「これ、SFやったんかー」
 作品の特徴の一つが、整合性のなさ。複数の人間の一人称で語られているのですが、なんか各自の語っている内容が、一貫しているようなオカシイような。
 この中で、人の「着想を捕まえる網」というアイテムを使う人物が出てくるのですが、要はこの作品の主人公は他でもない「着想」であるようです。人から人へと飛び移り、卵を産み付け増えていく……それこそが道化師の蝶。
 もう一つの特徴が、手段の「必要性」にこだわっていること。旅行中でしか読めない本が欲しい。という着想から、この小説は始まるのですが、そこから、この作者でなければ、この言語で書かれなければ、という風に広がっていきます。
もちろん、世の中には他のツールで置き換え可能な部分が大半なので、そのこだわりにどういう意味があるのかは一読しただけではサッパリなのですが。

「共喰い」2012/02/28 01:08

 作品内容よりも作者のパーソナリティーが受けて?大いに売れているそうです。
 で、昨日図書館に行ったときに、ちょいと読んでみました。
 ……食事前に読むべきでは、なかったかなあ。
 芥川賞選考委員を唸らせた、濃密な文章は、さすがなもの、なんですが。
 密度が濃すぎて、気持ち悪い。というか、ねっちりとしたコダワリのある描写が連なっている割に、なんか現実味が感じられなくて、前日まで読んでいた内田百閒の幻想小説の延長のような、グロテスクな不思議の国のような。
 舞台は昭和の末の「川辺」の町。川は下水が流れ込んでいて悪臭がして、「女の割れ目」に例えられている。
 そこから離れられない父と子。主人公の少年は17歳の、狂おしいほどヤリたい盛りなお年頃なんですが、最中に女に暴力を振るうとコトにとてつもない快感を覚えるという父親の性癖を受け継いでしまって、不本意極まりない、情けないけど止められない。彼女ともうまくいかなくなってしまいます(まあ当然ですが)。
 男性なら、そういう悩ましい感覚にシンパシーを持てるのかもしれませんが、どうにも、私から見たら「嫌ならやらんかったらええやん!」と身もフタもない感想になってしまうんですよねえ。先に述べたような現実味の感じられない描写っていうのも、そういう自己が完成されていない未熟でグラグラしたガキの目線で語られているからなんでしょうかね。
 それに比べて、職業不明な(この辺も、このお話が寓話っぽく感じられる要因)親父さんの方は、もう自分が変態であることを開き直って受け入れていて、さらなる非道へと突き進んでしまいます。
 作品タイトルの由来は、この親父さんが、汚水の流れる川で採ったウナギを超ご満悦で食べている(でも全然美味しそうには描写されてなく、逆に気持ち悪い)ところからきているのだと思われます。
 こうした男たちには共感しづらいのですが、女たちは「母は強し」ってとこを見せてくれます。
 少年のお母ちゃんは戦争のときに右手を失くしてしまっていて、苦労して、強く生きた人。だからこそ、女を殴るひどいヤツなのに、自分を女として妻にしてくれて、失くした右手を補う義手を与えてくれた男を、憎みながらも情を捨てきれなかったのだと思います。
 しかし、自分ではなく、自分の息子が酷いことになってしまっているとなると!
 男性作家でありながらこういう母親を描けるって、おそらくは、作者のお母上が大変肝の座ったお人なんでしょうねえ。

「乙女の密告」2010/09/01 23:20

 日中は、家事をしたり昨日買った「輝け甲子園の星」をめくったり。
 夕方から、図書館へ。雑誌コーナーで文芸春秋を。

 筆名の赤染晶子は日本詩歌文学を連想させるのですが。
 小説の舞台は京都外大のドイツ語スピーチゼミで、題材はアンネの日記、そして形式は面白おかしくデフォルメされた学園コメディ、という芥川賞受賞作。
 物語のヒロインの憧れであるスピーチクラスの先輩・麗子様。彼女が「乙女」にあるまじき行動を取ったと噂が流れ、そしてヒロインもまた、乙女たちの噂の餌食となってしまう。
 ガッカリな事実よりふわふわした便所の噂が大事な乙女たちに、真実を訴える術はあるのか。
 バラをくわえて人形に話しかけるドイツ人教師が主張する重要なこと、とは何か。
 麗子様の言う、忘れてしまってはじめて思い出せるもの、の意味するところは。
 麗子様は、尋常でなくスピーチが好きだったのにもかかわらず、沈黙することで自らの潔白を乙女たちに納得させます。
 そしてヒロインは、マイクの前に立った。忘れることの恐ろしさを胸に、思い出し、宣言(密告?)したのです。作中で言うところの、「血を吐く」。
 些細で無意味な差異によって区別(差別)したがる乙女たちを、ユダヤ人迫害になぞらえているのは分かるのですが。
 ヒロイン=乙女 と、アンネ=ユダヤ人の対比なのでしょうか?なんか、ここらへんがよく分からなくなってきます。乙女=真実ではないからです。
 もしかしたら彼女は、「乙女」などという曖昧なものから卒業して、彼女自身の真のアイデンティティを得たのかもしれません。