「かたづの!」2017/09/03 16:59

戦国末~江戸時代初期のおんな城主、寧々様の物語。セリフの中にちょこっとだけ、直虎様のお名前も出てきます。
ですが、歴史ものというより歴史ファンタジー。語り手は一本角(片角)のカモシカだし、大蛇とか絵から出てくるペリカンとか河童とか座敷童とか、妖怪世界はさすが遠野っていうか。
しかし、とぼけたカモシカの語りによるほのぼのストーリーとは言い切れない。
けっこう、ハードな目に遭います、寧々さま。夫と嫡男を謀殺され、女の身で八戸南部家の当首になり、次から次へと難題が突きつけられます。
寧々様の基本方針は、とにかく血が流れないように死人が出ないように、戦に一番大切なことは、やらないこと!……であるので、理不尽な状況でもぐっと我慢です。
辛抱強く我慢することで、多くを守り、しかし代償として大切なものを失っていく人生、とも言えます。短気を起こさず耐えることに、鬱屈を抱える人も出てきます。孤独な戦いの中でキセルをふかすことが多くなってくる寧々様。途中で読むのがつらくなってきます。
賢く理性的な寧々様を傷つけていくのは、人の支配欲であり、狡さであり、同情心であり、自尊心であり、連帯感であり、理不尽に対する嘆きと憤りだったのでした。
戦を避けることはできても、苦しみを避けて通れない人生。
それでも、知恵を絞れば、強い思いがあれば、必ず道はある。

「横道世之介」2017/08/16 00:19

吉田修一は、暗いミステリだけでなく、こんな、明るい青春小説も書く。
映画版も良かったのですが、原作も楽しい。田舎から上京してきた大学生の、バイトとかサークルとか里帰りとかデートとか、瑞々しくも普通な12か月を描きます。
主人公は、これと言って特技とか特徴とかがあるわけでもないのに、人々になんか忘れがたく、ほのぼのとした好印象を与えてしまう。
主人公の元カノが、こう評す。「いろんなことに、『YES』って言っているような人だった」
そう、そんな、図々しくも前向きな人。彼のそんなノリに乗っかって、読んでいる方もお気楽に。

「遠い声、遠い部屋」2017/08/06 23:42

確かに昔読んだはずなのに内容が一個も頭に残っていない。
T・カポーティの処女作、1948年刊行。
空想壁のあるジョエル君13才は、母親の死をきっかけに父親と暮らすためにニューオーリンズからスカリイズへやってきたのですが、「病気」だという父親にはサッパリ会わせてもらえないばかりか、屋敷の人たちは父親の話題を避ける。郷里への手紙は握りつぶされるし謎の女(幽霊?)を目撃したり。
えらく辺鄙な地にあるらしいそこでは、大人たちは皆、過去の中に生きています。空想ではない、リアル「遠い部屋」であり、閉ざされた世界。
もちろん、未来ある若者たちが、そんな環境に留まってなどいられない。
出ていく機会を掴んだのは、ジョエル君を含めて三人。しかし、いずれも散々な目に合って戻ってきてしまう。
なんて閉塞感だらけで救いのない話なんだろう。
少年は、あの環境で、本当に少年時代から脱することができたのだろうか?

「獣の奏者 外伝 刹那」2017/07/24 00:10

舞台設定がファンタジーなだけで、中身はガッツリと恋愛小説でした。
恋愛モノではあっても、その底に「生とはいかなるものか」「生き物の性」みたいな哲学が息づいているのが「獣の奏者」シリーズらしい。
短編二つに中編二つ。
各お話の主人公たちはみな、何かを欠いています。どうしようもない事情ではあるのですが、その欠落の苦しみは否応なく彼らの人生に影を落とす。
だからと言って、影ばかりの人生と諦めてしまわない。選んだ道があって、その上には愛するモノもあって。
刹那でないものなんて無い。
移り変わり失われていく人生の中で、自分は何を見つけられるだろうか……

「鴨川ホルモー」2017/06/21 07:07

せっかく京都府民になったのでKYOTOっぽい小説を。ちなみに宇治に関する物語、となると源氏関連か平家物語か、あとは京都アニメーションの原作になったヤツくらい。
万城目学の2005年デビュー作。洛中で一千年に渡って繰り広げられてきた「ホルモー」なる競技が、なぜか京都に実在する大学の学生サークルに受け継がれているという設定。
お話の核は、「設定」。この競技の解説が主な内容で、主人公たちの青春小説っぽい要素もないことはないけどほとんどどうでもいいって言うか、この特異な設定の前では無いも同然であったりします。
同じく京都を舞台に大学生が怪異と遭遇するハチャメチャ小説といえば「夜は短し歩けよ乙女」。似た印象もありますが、しかし「夜は短し」との決定的な違い、怪設定の説明に頼りすぎて人物描写が比較的弱い気がしました。
これが世にいう「中二」というやつなのか。
あまりに説明を引っ張って途中飽きがくることもありましたが、でもやっぱり上手いなあって思います。お話の都合に合わせて設定作っていけばいいもんなあ。
漫画やアニメではそういうトンデモ設定あるあるですが、日本の真面目な小説界にもそんな自由な発想が登場してきたのでした。

「アトミック・ボックス」2017/06/10 16:09

作品に合わせてGW期間中に読めたらより旬な感じだったかもしれません。
読めば瀬戸内国際芸術祭に行ってみたくなります。実際わたし第二回の芸術祭に行きましたし。
再読です。新聞連載中も毎日楽しみに読んでいたのですが、連載終了後、国家機密を「保護」し情報漏えいを罰する法案について話題になり、「この作中でそんな法が存在していたらどうなっていただろう!?」なんて思っていました。
要するに、一般人であるヒロインが明らかに「特定秘密」に属する情報(戦後日本の原爆製造計画)を得てさて公表しようかどうしようか、というストーリーです。世間様はもうすでに特定秘密保護のことなんて忘れ去った感じですが、北朝鮮の核開発問題が熱い時期に読み直すのもまたヨシ。
そんな風に言うと小難しい小説みたいですが、基本的には冒険小説です。警察が権力と組織力とシステムで捜査・追跡するのに対して、ヒロインが知恵と勇気と友達の輪で切り抜けるのがとても小気味よいのです。
大きな社会と個々の人間性を切り離すことなく描く、それが池澤夏樹の小説の魅力なのです。

「伊豆の踊子」2017/03/07 23:45

新潮文庫、表題作の他に「温泉宿」「抒情歌」「禽獣」と計4編。
昔読んで、どこが面白いのかさっぱりわからなかった小説を、大人になって再読して。
やっぱり、読むのしんどかった、川端康成。
ストーリーを読もうとしてはダメなのでした。わずかな状況説明と、登場人物たちの哀歓を表わす抒情的な小説なのです。
筆者が描こうとしたのは、人の清らかなで純粋素朴なこころ。それだけなら単なるロマンチストさんなのですが、清純が白く煌めくその舞台は、人の非情さ世知辛さ寂しさだったりします。
掃き溜めの中の鶴。
作品によって、鶴の方に焦点があったり(「伊豆の踊子」「抒情歌」)、掃き溜めの方の描写に言葉を費やしたり(「温泉宿」「禽獣」)するので、だいぶ印象が違ってきます。

「秘密」2017/01/22 15:59

作っている製品は全然違うのですが、今の私の勤め先も自動車部品作っているので、主人公の勤め先の空気がなんとなく分かります。他の小説にはあんまり出てこない単語とか。製造業、工業男子たちの世界。理系作家・東野圭吾だ。
しかしながら職場シーンはちょびっとで、ほとんどが、秘密の夫婦の物語。「君の名は。」みたいな人格入れ替わりモノだと思っていたのですが、事故死したお母ちゃんの魂が小学生の娘さんに入ってしまう、一方的な憑依状態。
はたから見たら父娘、実質は夫婦!?な奇妙な生活が始まるのですが。
つまらないわけじゃないけど、なんか読んでいてモヤモヤしてしまいます。人格憑依という状況も特殊ですが、専業主婦から若い娘に変身!な直子さんの、デキスギっぷりもまた特殊に思えて。
勘が良くて強い意志を持ち、頑張り屋さん。人生が激変した状況で、勉強を頑張り受験戦争に打ち勝ち、学生として優秀、主婦として家事もこなす。言うことも至極まっとうで、最善の結果を手に入れる。……つけいる隙がない感じが、読んでて引いちゃうんです。
こういうしっかりした人間が、稀にいるのは分かるんですが。
全部夫からの目線で語られているので、彼の目に映らない彼女自身の苦悩や苦労がしっかり描かれれば、また印象が違っているかもしれません。

「みをつくし料理帖」シリーズ2016/12/25 22:43

料理漫画はとんと読まないのですが、この小説は「料理漫画や!」……今、4巻目まで読んでいます。とにかく真っ直ぐなおはなしで読みやすく、気軽に読めるシリーズ。
ヒロインの澪ちゃんが、いろんな困難に遭いながら料理人として成長していく。
こてこてのストーリーながら、人情アリ、身分違いの恋愛アリ、料理勝負アリ、仲良し幼馴染アリ、料理屋経営モノでもアリ。ど真ん中直球の王道とも言えます。巻末のレシピとかお江戸地図がついていたりで、刊行元の読者へのサービス精神がうかがえます。
ヒロインたちが上方出身というのもちょっと面白いです。東西食文化の違い指摘。興奮すると大阪弁の出る澪ちゃん(時代劇なんかでは江戸っ子言葉ばかり聞きますが、本当は多様なお国ことばがあるはずなのです)。そして常日頃から(接客中でも)上方の喋り方を押し通すご寮さんが、大変格好ヨロシイ。
大店の女将をやっていた自負、気品、厳しさ。一本筋の通った、オトナの女や!

「怒り」2016/11/07 00:17

日曜日の昼に買った玉葱が、月曜の夜にどろりと腐っていた、10月末日。
これって、怒っていいとこですね、ムカつくべきところですよね!
しかし、適切な怒り方って、なんなんでしょうか?
ブログ炎上させること?裁判で倍賞勝ち取ること?土下座させること?デモ行進すること?世界各地に慰安婦像立てること?それで、相手に怒りを伝えられる?



吉田修一原作の映画はこれまでに4本観て4本とも自分内で大当たりだったので、5本目も期待していたのですが。
なんだかよく分からない。役者陣はみんな熱演で坂本龍一の音楽も最高なのに、「悪人」のような緊張感がない。それでも終盤にかけて徐々に盛り上げていって、でも最後に肩すかしな感じ。凶悪殺人犯は、何をそんなに怒っていたのか、単に常軌を逸した狂人の犯行としか解釈できません。
釈然としない不完全燃焼さを解消するため、原作本も読みました。(映画みてからすぐ原作読むのって私には珍しいことです)
結局、どういう回路で怒りに火がつくのか、他人からはその内情はなかなか見えないんだってことでした。
怒りのあまり、人を殺害せざるを得なくなるお話。
なのですが、序盤は、不満はあるけど怒れない、怒っても仕方がない何も変わらないという、諦めた人々の物語でした。それぞれ不安な現実を抱えながらも、徐々に明るい方向に向かいそうでいて・・・・それが破られる。
内情はなかなか見えない、そんな他人を信じるとは、どういうことか。
この作品の特徴は、相手を信じたパターンでも信じきれなかったパターンでも、どちらも破局を迎えるということ。
しかし、結果として、自分の弱みに付け込まれ相手を信じきってしまった方が、自身や周囲に与えたダメージが大きい。怒りという名の、魔に付かれてしまって。
逆に、信じたいけど信じきれなかった方が、戦う力を持つことになります(ここら辺が、映画では描写不足だったと思う)。衝突や後悔という苦難を伴っても、そこから何かが生まれてくる。
作中で、疑ってるっていうのは信じてるってこと、っていう逆説がちらりとありましたが。
なんか、分かります。