「革命前夜」2023/09/25 22:03

昭和の終焉からベルリンの壁崩壊までの期間、東ドイツ(DDR)が舞台。主要参考文献もドイツや東欧革命関連ばかり。物資不足と密告の陰がちらつく社会も、興味深く描かれていたのですが。
しかし、これは、著者・須賀しのぶ自身の好みなのでしょう、音楽大学の学生たちを中心とした、青春クラシック音楽小説なのでした。おかげで、久しぶりにゴルトベルクのCDをかけたし、大阪クラシックも意欲的に楽しめました。
物語は日本からの留学生・マヤマの一人称で描かれるので、他の人物の本音とかバックグラウンドが明確には示されないのがもどかしいというか、考察し甲斐があるというか。マヤマはずっとスランプで屈託がある。それを引きずり回す、天才ヴァイオリニストの強欲で強引で折れないところが、めちゃくちゃ格好良い。ラストは、ずるいくらい。
革命が起こり、壁は取り払われても、未来が光輝いているとは限らない、問題は山積み。若き音楽家たちがこの後どう生きていくのか。
続編、出ないものでしょうか。

「帝国の娘」2023/09/02 16:24

今さらながら、須賀しのぶにはまり、前世紀末の少女小説も手に取る。コバルト文庫の旧表紙が懐かしい。
流血女神伝、という物騒なシリーズ名で、はじまりは、身代わり男装女子。
主人公のカリエちゃん14歳は、病気の王子の身代わりとなるためにスパルタ指導を受け、王宮で他国の軍装王女と友達になったり、美形の僧侶にめろめろになったり、タイプの違う3人の王子たちと寝食をともにしたり。
昨今のファンタジー少女漫画のテンプレみたい(99年当時は、どうだったのだろう??)ですが、それだけではないのが、この作者。
死の影、貴族の横暴、愚鈍な支配者階級への民衆の不満、戦争の気配。そして、人への執着心の深さが刃となって、血が流れる。
過酷な運命に翻弄されながら、様々なことを知ったヒロインが、新しい道へ踏み出していく。
シリーズ序章。

「また、桜の国で」2023/08/25 22:44

日本では八月ジャーナリズムと言われる戦争特集がメディアによって行われますが、来週から青春アドベンチャーの再放送が始まるのは、9/1のポーランド侵攻に合わせてのことなのでしょう。久々に、聴いてみよう。

ワルシャワ蜂起。教科書の記載一行ほどのその出来事は、結果から見れば、一年もしないうちにヒトラーが倒れるのだから、武器を取るよりじっと耐えていた方が、被害は小さくすんだことでしょう。
ドイツが劣勢となる44年、彼らが立ち上がるまでに、どのようなことがあったのか。ドイツとソ連の間にある、ポーランドの人々の苦難、ユダヤ人たちの尊厳を徹底的にたたきつぶす政策、状況次第で信じられないほど非道になれる人間の業。
須賀しのぶの歴史小説、力作でした。物語はミュンヘン会談後の1939年欧州から始まり、主人公は在ポーランド駐日大使館の書記生。彼らは日本とポーランドの友好を維持するため、戦争を阻止するため、力を尽くすのですが、彼らの祖国は仲良くする相手を間違ってしまう。
過酷な運命の中で、祖国とは何かと問う。戦時下の状況で結ばれた絆に胸が熱くなります。骨太の歴史小説ですが堅苦しさや小難しさを感じさせず、とても読みやすい。
在シベリア・ポーランド孤児というのも、初めて知りました。昨年あたりに支援事業100周年で取り上げられたりもしたようですが。本書は平成27~28年頃の発表。
辛く重い物語ですが、この悲劇と散る桜のごとき美しさを語りたい伝えたいという著者の想いがひしひしと伝わります。

「レディ・ガンナーの冒険」2023/08/10 22:24

古き良きライトノベル、スニーカー文庫っていうのがもうすでに平成の前半、20世紀の香りです。
茅田砂胡作品は、多分初めて読みます。主人公は強気でまっすぐな気性のお嬢様。彼女が荒野を渡るために雇った用心棒たちが、四人とも動物に変身できる種族で、その中でもとびきりの変わり種。
ストーリーは、小悪党によるケチな陰謀に対し、美男美女たちが派手に活躍する、よくある感じなのですが、世界観は、ファンタジー心をくすぐられます。設定に凝る作家さんなのでしょう。続編の「大追跡」では100ページくらいを主人公不在のまま、講義やディスカッションを続けて世界観説明に費やす。どうせなら、大陸マップを付属して欲しかった。
キャラクター的には、ちょっとだけ登場した蛇の人が良かったなあ。

「猫道楽」2023/07/30 01:17

時代は昭和の半ばぐらいのイメージ、和風建築に洋風の豪華内装の〈猫飼邸〉には、姿の良い兄弟たちが猫と遊ぶ。リアル猫も登場するけど、猫とは、男色のお相手を指す隠語だった。
お久しぶりの長野まゆみワールド。五話構成の、最初と最後だけ同じ男の子が主人公で、この梓一朗くんが一番男らしくて可愛い。彼ら四人のゲストたちは、〈猫飼邸〉の駒形兄弟たちの道楽相手というだけではない。それぞれの今は亡き身内がこの屋敷や兄弟の父親と縁があって、ちょっと運命的雰囲気があります。
咲きこぼれる桜、雨の日の鈴蘭、盆の提灯、紅瑪瑙のカメオに菊の綿、高速豆電球。
雰囲気を味わってナンボの作品。華美で、哀愁とエロチックが漂う。

「嫌われ松子の一生」2023/07/23 21:53

読みながら、度々「だめ、そっち行っちゃアカン!!」と叫びたくなった。
かつて、若く美しい中学校教師だった川尻松子の、転落の物語。松子自身と、平成の世で松子を調べる彼女の甥の、両面からの一人称で、彼女が殺害されるに至るまでの人生の軌跡
が語られる。
松子は誰もが認める賢さと手先の器用さを持ち、基本的に真面目な努力家と言えるでしょう。それなのに、生き方が絶望的に不器用で。彼女は真剣に、切実に、だめな選択肢をとり続ける、次から次へと。彼女自身も傷つき、他者も傷つけ、何もかもを失い、誰も幸せにすることなく生きて死んだ。
愛人生活や風俗や刑務所や引き籠もり、日の当たらぬ裏路地人生の中でも、それなりの人間関係は生まれ、まっとうな道に戻る機会も、何度かあったはずなのに。差し出された手を、拒んでしまったのは、なぜだろう。
誰よりも、他者からの愛情を求めていたのに、孤独が彼女を狂わせたのだろうか。
山田宗樹がミステリ風に描く、泥の中でもがき続けた女の一生。

「荒地の家族」2023/07/16 23:01

地面が動く、などの表現が、結構好き。
同じく23年上半期に芥川賞受賞した「この世の喜びよ」とは、うって変わって、苦しみに満ちている。著者の佐藤厚志氏は本業が仙台の書店員、あの震災に関する現地の人による描写はさすがに重みを感じました。
話は、暗い。死のイメージが随所にちらつき、主人公の植木屋、坂井祐治の自己肯定感の低いこと。震災で奥さんと商売道具と故郷の風景を失い、その後も、色々上手くいかない。淡々とした文章で綴られる、荒涼とした心情、喪失感、虚無感、徒労感。
彼の母親や息子は、今現在の現実の上をしっかり踏みしめている感じなのに、主人公は背中にべっとりと過去の亡霊を張り付かせている。
もちろん、現在、というのは過去から切り離すことはできないし、未来までつながっていくものではあるのだけど。

「この世の喜びを」2023/07/15 23:31

著者・井戸側射子氏、元は詩人で国語教師という経歴に、納得です。文体は二人称!単語は平易だけど独特な言い回し、現在進行形と過去回想が同階層に入り交じる表現。
読みにくい、自分、苦手なタイプの文章です。主人公が女子高生と接触するまで、ショッピングセンターの描写が単調に続くのがキツかった。
主人公・穂賀さんが勤める、どこにでもありそうな商業施設内での、多様な人々の邂逅。彼女は、何を見ても感じても、娘の思い出と結びつける。もう社会人になる娘たちを、とても愛しているのだろうな、と思うけど、あんまり仲良しな感じじゃないっていうか、愛情が通じてない感じ。
彼女自身の娘時代の思い出も、ふわふわと浮かび上がる。
違うんだよ、若さは体の中にずっと、降り積もっていってるの、何かが重く重なってくるから、もう見えなくて(後略)
作中の舞台も、出来事も、ヒロインの感情も、起伏が乏しい。お話としては退屈なものですが、穂賀さんが相手に伝えたいモノはその平凡さの中にあり、この世の喜びを感じている。

「おいしいごはんが食べられますように」2023/06/03 22:45

最初から結末の話ですが、ちょっと拍子抜けでした。
みんなから侮られながらもいつも笑顔で正しい意見と立場で、不得手なことは避けていく芦川さんが、最後までそのペースを崩さず望みの居場所を手に入れる。
行間から吹き出す憎しみや、美味しいはずのモノを食す描写の不快さから、逆転の展開があるのかと、期待していたのですが。著者・高瀬準子さんの職場に、こういう感じの人がいる(もしくは、いた)のでしょうね。芦川さんの内面描写も読みたい気もしましたが。
しかし、それ以上に気になったのは、彼女に対する抵抗勢力の感覚。普通に、手料理好きじゃないって、言えば良いのに。でも、単純な嫌い、でもなさそうで。
自分の本当に好きなものを、どれだけ選べているだろう。
自分が本当にしたいことを、どれだけやれているだろう。
自分が本当に感じていることを、どれだけ言葉にできているだろう。
自分が本心から望んでいること以外を、正しいからとか世の中そういうものだからとか空気を読んでとか相手に合わせてとかコンプライアンスとか義務感とかで、押しつけられ受け入れざるを得ない。ふざんけんな。
と、いう鬱屈が「食」に集約され、主人公・二谷の矛盾に満ちた過剰反応になっているのかなあ、なんて、思いました。
職場内三角関係の形を借りた、価値観のぶつかり合い。

「響け!ユーフォニアム」2023/05/28 00:01

あまりに美少女まんさいだったので。
TVアニメは一話のみで視聴を止めてしまっていたのですが、のちに作品舞台となる宇治市に転居することに。観とけば色々楽しかったろうなあ、知っている場所が作中にいっぱい。ことしはあがた祭に行ってみようか。
キラキラ女子高生イメージに躊躇していたのですが、最近観た「THE FIRST SLAM DUNK」や、小説「雲は湧き、光あふれて」や、漫画「スキップとローファー」とか、自分まだまだ青春のきらめきに感動できるじゃないか、と思って。
原作小説は宝島社文庫初版2013年、もう十年も前のシリーズなのですね。原作も少女たちは美しく甘く可憐な要素もあり、登場人物はちゃんと関西の言葉でしゃべっていて、そして意外と日陰の冷たさがありました。
著者・武田綾乃氏は高校生の青春を題材にした著作多数、代表作といえるこのシリーズは、ちょっとナイーブで本音を隠しがちな久美子さんが主人公。吹奏楽部の細かい活動を興味深く思う一方、登場人物が多くて「誰だっけ?」となったり、ちょいちょいひっかかる部分もあります。それでも、文章で合奏の迫力を伝える、熱量を感じました。
きらきら、しています。