「ゴジラ -1.0」2023/12/02 00:55

あの状況のあの場所で実況を行うラジオ局スタッフの職業魂も、狂気と紙一重の勇気。戦争の経験が生々しいあの時代、多くの男たちはまだ、武士のように命がけで戦う気概を持つことができたのでしょう。

主人公の前に最初に登場したときは恐竜サイズで、舞台が南の島だったのもあってジュラシックパークっぽかった。それが、核実験の影響で(多分)スケールアップして、なぜか日本の東京都を襲う巨大怪獣。
戦争で壊滅した東京、少しずつ復興して行く東京、再び理不尽な暴力で破壊される東京。
常識を超越する規格外の怪獣は、悪鬼よりもむしろ、神々しさを感じさせる。
でも、このゴジラは思ったほど、怖さは感じないのです。踏み潰しっぷりのえげつなさでは、「進撃の巨人」の衝撃がまだ記憶に新しいからかもしれません。
映像よりも、伊福部昭の偉大さを思い知らされました。
主演の神木隆之介の、鬼気迫る張り詰めた表情が印象的でした。彼の戦争を終わらせるための、戦い。戦わなければ、自分を生きられない。
周りを固めるキャラクターたちも、みんな、芯のしっかりした人たち。
令和のゴジラは、ヒューマニズムの物語でした。

「ノートルダムの鐘」2023/11/26 14:46

96年のディズニーアニメ。何年か前に焼けてしまったパリの象徴的寺院を舞台に、差別され虐げられてきた人々が反旗を翻す。
醜い人や、ジプシー。
自分の器に収まりきらない人や事象を、秩序を乱す悪と断じて譲らない。そういう人が力を持ち、暴走する。自分の正しさを疑わない、狂気。
主人公のカジモドは、素直に被差別の立場を受け入れて萎縮し続けていた。
しかし、不条理な差別、理不尽な暴力に強かに立ち向かう人々と、出会うことができた。
ずっと寺院に閉じこもっていた醜く優しい青年が、思い切って外の世界へ飛び出し、厳しさも温かさも経験して、大切な人のために戦う強さを得る。
醜さ弱さ、美しさ強さにバランス感、説得力があって、とても感動的な物語でした。
誰かを思いやる心があれば、きっと、人は分かり合える。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」2023/11/23 13:31

友人が絶賛していたので、観に行った劇場用アニメ作品。
原作の鬼太郎誕生エピソードの前日譚に、こんな冒険があったとは。
前半はドロドロ系ホラー、後半は妖術奇術アクションのバディもの。
その他に印象的だった要素がありました。
戦後10年が経った日本の、閉鎖的な村で起こる怪死事件。見るからに不審な余所者が犯人として捕らえられ、制裁されそうになるところで制止の声が上がります。まだ犯人と決めつけられない、日本は法治国家なのだ。
あたりまえのことです。
しかし、それがどれほど、難しいことか。周囲が殺気立つ中で、一人、人道に基づく正論を述べる。力を欲し野心満々な主人公がみせた、まともさ。
墓土から這い出てきた赤ん坊は、異様で不気味に違いありません。それでも、抱えたぬくもりを虐げることができないのが、ゲゲゲの世界。
子供の頃、TVで観ていた鬼太郎の正義は、そんな人間愛だったなあ。

「ガザの美容室」2023/11/19 22:23

美容室内での、女たちの会話劇。
その外側では、ライオンを連れ歩いたり、銃声と怒号を響かせたり、ろくでもない男たちの世界があった。
何年か前に封切られた映画だと思うのですが、このたびの戦争によって、緊急上映。100円という、破格のお値段につられて観に行きました。
不条理劇、でしょうか。情報が断片的で、状況がよく飲み込めません。どこの誰がどういう理由で銃撃戦を始めたのか。女同士も、和気あいあいとはいかず、ギスギスした空気。
電気がない、自由がない、情報がない。蒸し暑い美容室内に閉じ込められた彼女たちは、ハマスもファタハも駄目だ、という点で同じ見解なのでしょう。
ただ、そんな閉塞感の中で、彼女たちに、いったい、どんな選択肢が許されているのでしょうか?

「大雪海のカイナ ほしのけんじゃ」2023/11/11 00:46

人の精神を読み取り干渉し、星を作り替えるほどのテクノロジーがありながら、暗証番号はそこらへんにメモしてある。お約束ですね。
TVアニメシリーズで軍事国家との戦争を収めた主人公たち。劇場版完結編では、水不足の世界を救うために旅立ちます。
SFファンタジーで、ボーイミーツガールで、巨大生物と巨大ロボットで、未知の世界へのドキドキ冒険譚。嫌う人が多いからか、虫要素はTVより少なめ。
正直、それほど期待値は高くなかった(ちゃんと風呂敷をたためるのか心配で)のです。
しかし、盛りだくさんが、きれいにまとまって、大満足でした。壮大で幻想的な世界観は、劇場の大画面にも映えます。
欲を言えば、100分の尺をもう15分ほど延長させ、アメロテさんの素敵な戦闘アクションや髪下ろした図や鎧オフ姿なども見せてもらいたかったです。
原作なしのオリジナル脚本で、この完成度。楽しい。

「君たちはどう生きるか」2023/10/07 23:32

とにかく、わらわらさんたちが、可愛すぎます。あの極めてシンプルな白一色のボディに、絶妙に緩い表情が最高です。

ジブリ映画の少年たちは、みんなすごく良い子。勇敢で思いやりがあって聡明で頼りになる。
しかし、宮崎駿監督の最新作では、年相応に拗らせていて、なんとなくニヤニヤしてしまう。表情は硬く時に攻撃的。眞人くんの引っ越し先は素敵なお屋敷ですが、人物と住まいとの作画タッチがはっきりと違うのも、現実(母の死や父の再婚など)を受け入れられない、現世からの疎外感を表現しているようにも思えます。
そうして引き籠もり予備軍みたいになっていた少年が、異世界での冒険を通して変化していく、という展開。
火災シーンの迫力や、屋敷に住み着く妖怪っぽい(失礼!)おばあちゃんたちや、アオサギの不気味さなど、中盤まではもの凄く面白くてワクワク観ていたのですが。
説明が省略されすぎでしょうか。異世界へ行く前、眞人は母親が自分に残してくれた本を見つけます。映画のタイトルにもなる、それを読んだ彼が大きな感銘を受けたことは想像できます。しかしどの言葉にどんな思いを抱いたのか、最後まで触れられず、なんだかタイトル詐欺にあったような気分です。
わらわらさんたちをはじめとする異世界での不思議な存在たちはなにがしかのメタファーなのでしょうが、世界の創造主が何を思ってああいう場を作り上げたのか。長い時を経て、筋金入りの引き籠もり空間に破綻が生じていたことは分かるのですが。
帰還の物語。
君たちの生きる世界へ、早くお帰り。

「インディ・ジョーンズ 運命のダイヤル」2023/08/05 16:57

INDIANA JONES and the DIAL OF DESTYNY
時を駆けるインディ。
デジタル技術のすごさ。冒頭から戦時中のナチスと闘う(考古学者なんだか007なんだか)若きジョーンズ博士っていうかハリソン・フォード。本当に、どう加工されているのか、わからない若い頃の彼がいるようにしか見えない。実年齢80になろうという主演がどの程度当人によるアクションを演じているのか、どこまでがスタントと加工技術で見せているのか、区別はつかない時代なのです。
しかし、ドキドキワクワクの、このシリーズっぽさは、作中ではこの過去編まで。人類が月にたどり着いたと沸き立つ時代とはうらはらに、年取ったインディは公私ともに順調とは言い難く、しょぼくれているのだ。スピルバーグでは無くマンゴールドが監督した影響もあるのだかろうか、シリーズに特有の冒険はあっても、ユーモアはそぎ落とされてしまった。
その代わり、ヒロインに陽性のキャラクターを持ってきたけれども。
過去へ。古代の偉人とその時代をこの目で。考古学の世界で生きてきた彼には、それは、まさに、夢。しかし物語は、良くも悪くも、それを肯定してはくれないのでした。

「PSYCHO-PASS PROVIDENCE」2023/06/17 17:12

人は正義なんて求めていない
まったく同感だ

十年も続くこのシリーズに、あの二人がメインビジュアルで戻ってきました。
大スクリーンにふさわしいSFアニメアクション大爆発で、情報量もモリモリで、見終わったあとにパンクしそうでした。
ストーリーも、相変わらず死者多数、日本政府は国外で相当アコギな真似をしているようで(武器輸出とかのためだろうか……)、悲しみいっぱいで、おちゃらけたシーン無し。ギノさんぐらいです、とくに面白いことしているわけでもないのに、髪型変わったり最強義手パンチ炸裂したりコウちゃんに食ってかかるだけでなんか微笑ましいという、お得なキャラクターになったなあ。
目的のために手段を選ばぬ奴らが幅をきかせるこのシリーズで、朱ちゃんだけが、正しいやり方、にこだわり、それはときにまどろっこしく感じられる。しかし、遠回りに見えて、それこそが結局は、みんなが幸せになれる道なんじゃないかなあ。今回の、登場人物たちの業背負って抜け出せない感じを見ると、そう思ってしまいます。
そして、そんな我らが真面目なヒロインが、ここにきて、掟破りを決断。劇場版の2118年の時点で、まだたった25歳だっていうのに、今までの全部をかなぐり捨ててきた!自身の信念を守るために。
コウちゃんが外務省に拾われて帰国してから、TV版第3期までの期間に何があったかを描く。いや、どう考えても、3期よりこちらの物語を先に発表するべきでしたよ、あれ、何がなんだか分からないまんまで、非常に不親切でしたからね。

「聖地には蜘蛛が巣を張る」2023/05/03 15:29

Holy Spider
20数年前にイランで実際にあった連続殺人を原案としたストーリーで、アリ・アッバシ監督も主演俳優二人もイラン人、しかしかの国では撮影も上映もできない、という、イラン映画のお約束。
後味が悪くすっきりしない映画だって分かっているのに(痛快なインド映画の対極にあるなあ)、年一本くらいのペースで観てしまうイラン映画。あのモヤモヤがくせになるのか。
被害に遭う娼婦たちはドギツイ化粧に阿片中毒で不健康そうな顔色、決して印象の良い姿ではありませんが、それでも、たいていの人は、好きでこんなことやっているのではない。生活のため、愛する我が子を育てるために、稼がなきゃならない。
そういう人を無くすには選択肢を広げるための教育とか社会保障とかを整えるしかない、とは、考えられないのでした。殺害されて当然、むしろ聖地の浄化、と言われて殺人鬼を擁護する声も小さくない。そんな社会の中で、残された殺人犯の子供たちの、不穏そうな未来が暗示され、とっても気になる。
主人公の一人であるジャーナリスト、ラミヒが事件を追う過程で、イラン社会で女が活動しづらい現実を随所にちりばめる。ラミヒ役のザーラ・アミール・エブラヒミさん、私的な映像がばらまかれた(リベンジ・ポルノってやつか?)影響で母国では役者活動できなくなったそうです。被害者なのに、ひどい。理不尽さへの憤りが真に迫ります。
だいたい、娼婦が何千人もいるのなら、その数倍の男性客が存在するのです。そいつらを一掃しろよ気持ち悪い。
表向きはもっともらしいことを言っている、その裏側で、都合の悪い部分は誤魔化し、見て見ぬふりをする。……そういう傾向は、イランに限らずどこの国でもありますよね。
そんな裏表が上手に描かれるのが、イラン映画の神髄かと思う。

「THE FIRST SLAM DUNK」2023/04/16 00:19

名作の名場面集をコダワリの作画映像演出でご覧ください、という作品。
原作者・井上雄彦によるセルフリメイク。くらいに思っていましたが、作品知名度だけで年末興行から四ヶ月も上映され続けられません。漫画・アニメファンも目の肥えた映画ファンもうならせた、納得の出来栄え。映像監督初作品でこれだけの仕事、井上監督のセンス感性と、スタッフをまとめる人間力が凄すぎる。
山王戦を二時間に収めてしまうのにちょっと不安はありましたが、問題なし。漫画で数コマ・数ページ費やすシーンもアニメでは数秒ですからね。
バスケの迫力だけでなく、人間関係や心情の機微を描くのも上手いことに改めて気づかされました。リョータ君のバックグラウンドを掘り下げる描き方でしたが、他のメンバーも十分格好良かったです。
あえて脚本に難を言うならば、爽やかバスケ少年だったみっちーがどうして不良グループになってそれからどうしてバスケに戻ってきたのか、原作読んでいない人には(そんな客はほとんどいないのかも知れないけど)全く謎であろうということか。
「THE SECOND」を制作するなら、是非とも、そんな三年生たちをメインでリメイクお願いします。