「獣の奏者 探究編・完結編」2014/05/11 23:27

 上橋菜穂子の、アンデルセン賞受賞記念ってことで。
 元々「戦蛇編・王獣編」で完結した小説だったのに、それから十一年後の世界が続編として描かれる。ヒロインのエリンちゃん、「三十代、子持ち、リケジョ」という児童向けファンタジー小説の主人公らしからぬ設定です。
 第一部で、最強の獣を操る術を会得した「最終兵器彼女」が、それゆえに続編では命を狙われたり戦争に利用されたりします。第一部に比べると、暗くて悲壮感が漂います。
 その一方で、母と子の物語でもあります。特殊な立場に立たされながらも、母親として息子の将来を思いやり、彼らのふれあいが丁寧に描かれます。彼女の波乱に満ちた人生における、何気ない日常エピソードの数々が、なんだか尊いモノに感じられてきます。
 しがらみに捕らわれ思うままにならない中で、何とかして家族を守り、最善の道を探そうとする(探究編)のですが・・・・・
 昔の王様が政治的判断によって秘密主義な掟でガンジガラメにしたことを、それが通用しなくなった現実を前にして、エリンちゃんはリケジョとして真相を暴くことに邁進します。
 ありのままの、自然な生き方を求めて。

「炎路を行く者」2013/05/18 22:56

十五の我には 見えざりし 弓のゆがみと 矢のゆがみ
二十歳の我の この目には、なんとなく見える 不思議さよ
歯噛みし、迷い、うちふるえ、暗い夜道を歩き折る、あの日の我に会えるなら

 昨年二月に刊行された、「守り人シリーズ」のスピンオフ。
 ヒューゴを主人公にした中編と、バルサが主人公の短編。守り人本編ではとっても格好良い「デキる大人」であった彼らも、十代の頃にはモヤモヤしたものを抱えて自分の情けなさに歯噛みする日々だった・・・・・
「炎路の旅人」
 自分の祖国を滅ぼされる。
 そんな経験は私にはありませんが、この国にも、きっとヒューゴのような少年がいたんだろうなあ。迷いなく信じていたことが崩壊し、変わってしまった社会を受け入れられずにやるせなさと憤りを持て余す、純粋な軍国少年。
 そんなヒューゴ少年が、もっと大きな世界を目指して旅立つまでのお話。
 そういう青臭い話も嫌いじゃないのですが、その後大人になった彼が何を見てどう考えてのし上っていったか、ってあたりの方が気になっちゃいます。

「十五の我には」
 バルサの少女時代には、彼女の養父・ジグロさんのメチャメチャ格好良い姿がセットになってきます。
 過酷な運命にあっても、こういう大人の側で育ったからこそ、後の女用心棒・バルサの実力と人間性が培われ、それはさらに、彼女の守ったチャグム皇子にも受け継がれていく。その、人と人との繋がりに、胸が熱くなります。
 守り人シリーズ、また読み返したくなってきました。

「獣の奏者 闘蛇編・王獣編」2011/10/06 11:53

 人は、獣は、この世に満ちるあらゆる生き物は、ほかの生き物を信じることができない。心のどこかに、常に、ほかの生き物に対する恐怖を抱えている。
(中略)
互いを縛り合ってようやく、わたしたちは安堵するのだ……

 NHKでアニメになっていたのを観ていたので、ストーリーは分かっているわけですが、こうして原作読んでみると今更ですが、よくできたアニメだったと思います。それと同時に、子供向けアニメにするにはあまりにも難しかったなあ、と。
 ヒロインの少女時代や学生生活なんかにオリジナル入れてカワイイ感じにしようとしているのですが、それに政治的なアレコレが絡み、イロイロと物事を理解していくにつれ、どんどん悲壮感を深め、冷めて、達観していく彼女。
 そういう暗い部分も原作のニュアンスをできるだけ忠実かつ分かりやすく再現しようとしていたんだなって思って「良質なアニメやった」と再評価したわけですが。
 でもやっぱり、難しいわ、テーマが哲学的過ぎて。
 主なテーマは、自分と異なる他者、他の存在とのかかわり方ってやつですね。ヒロインが思い入れる王獣・リランとの接し方がメインですが。ヒロイン自身、「霧の民」と呼ばれる一族の出だってことで、周囲から偏見の目で見られるような経験をしています。
 自分たちと異なる要素。それを認識した上で相手のありのままを認めることが、互いに心を通い合わせる第一歩。
 ヒロインの望みは、生き物が、その自然な有り様を保ったままで生きていくということなんですが、これが案外、難しいわけです。世の中には物事を回すための法則っていうかルールがありますから。
 それぞれの望み・思惑のために既存のルールを覆し変えていこうとする人々。
 その果てに生じる混乱。
 でも、混乱するだけってわけでは、ないんですよね。新たに生まれる絆もちゃんと描かれているから、やたら人死にの出るこの物語はなんとか、救われています。
 それと、今のこの時代では、王獣=大きすぎる力の効力および弊害ってことも、どうしても、考えてしまいますね。使い方次第ではたしかに有用なんだけど、でも、封印したほうがいいよねって。核問題になぞらえて。

「天と地の守人」2010/06/16 00:06

 守人シリーズ最終章、三冊。
 第一部では、女用心棒バルサが、たった一人で非公式外交交渉に向かった皇太子チャグムの足取りを追っていく。いつも追われる立場なのに珍しく追いかけていくバルサ。彼女は相変わらず傷だらけで、強い。
 第二部では、チャグムとバルサが、バルサの故国へと旅をして、同盟を結ぶために奔走し、それを阻止せんとする敵国の密偵と戦う。
 第三部では、チャグムの故郷で、思いっきり戦争。チャグムとバルサの行動は完全に分かれて、バルサは個人・民間人として戦争という現実に向かい、チャグムは皇太子・為政者として軍を率い、敵軍および自分とこの政府(父親)と対決することになる。
 ファンタジー小説でこんなにもガッツリと戦争してるのって、アルスラーン以来かも。
 国を守りたい、人々に死んでもらいたくないという思いで必死に叫ぶチャグムの姿に打たれます。彼以外にも、どうにかして自分の国を守ろうとして、人々の水面下での駆引きが繰り広げられて。…日本の政治家のみなさん、これくらい真剣に政治やってくれないかなあ。
 重荷を背負ったチャグムが、バルサといるときだけ16、7の少年っぽくなる(たとえば一人称が「わたし」から「おれ」に)のですが、違う道を行く二人ですから、今後はもう二度と会うことはないだろうと作中でもほのめかされています。
 登場人物が非常に多く、主役の二人以外にも魅力的な人物は見られるのですが(敵国の王子とか密偵さんとか、私けっこう好きだったんですよねえ、敵だけど)、そこらへんはけっこうサラッと書かれていたようで、惜しい。それぞれのことをもっと突っ込んで描写してもらいたかったのですが、でもそれじゃ、ますます長くなりますからねえ。
 続編を書いてもらいたいような、綺麗にここで終らせて良かったような。

「神の守人」2010/06/16 00:05

 深い恨みや憎しみを持った者が、強大な力を手に入れたとき……。
 女用心棒・バルサのシリーズで、初の前後編。恐ろしい神の力を宿してしまった少女・アスラが、国の変革を企む女呪術師や差別されてきた一族によって祭り上げられようとされていた、その計画の中に飛び込んでいってしまったバルサ。
 バルサ自身、子供の頃から命を狙われ続け、恨みを晴らそうとして力をつけてきた過去がありますから、アスラを無償で助けようとし、その力で人を殺めることを阻止しようとする姿に悲しい説得力があります。
 第一作の「精霊の守人」ほどのインパクトはありませんが、やはりバルサは格好いいです。アラサー女性のたくましさ。「老獪な獣」にたとえられていますが、前半の、追っ手を逃れて、戦うあたりは本当に、強くてしたたかで、優しいのです。
 しかし、後半では、敵である「猟犬」のシハナが印象的でした。賢く、強く、そしてカリスマ性を持つ女性で、彼女の考えはある面では筋が通っているのですが、冷たい。目的のためなら非情に徹するところが、同じ強い女性であっても(このシリーズって本当に、女性が強いです)、バルサとは違うのです。
 王国の建国神話とか北部と南部の経済格差とか他国からの侵略の気配とか、けっこう複雑な設定が絡んでくるのですが、そこは児童文学ですので、実に分かりやすく書いてくれています。
設定オタクも満足です。

「蒼路の旅人」2010/06/16 00:03

 女用心棒バルサを中心にした「守人」シリーズの中で、皇太子チャグムを主人公にした「旅人」バージョン第二作。
 かつて「精霊の守人」でバルサに守られていた12歳の子供も、15歳に。なんというか、その成長っぷりが感慨深いです。バルサが結構トシ重ねてほとんど人格が完成された存在なのに対し、チャグム皇太子は少年と大人の中間ぐらいにあって、その潔癖さや未熟な感じ、そして数々の経験を経てどんどんステキになっていくところが嬉しいです。母親目線で読んでます。
 本当に、ファンタジー世界のプリンスとしては理想的な設定で、賢くて優しくて武術の心得もあって(バルサに鍛えられた)民衆に人気があって、そのせいで父王から疎まれて暗殺されそうになって、異界と交信できる特技があるもんだから「皇太子の責任とか政治的派閥の駆引きとかから逃れてあっちにいってしまいたい」なんて思っちゃう、若さ。
 これまでの物語は、現実世界に対する異界からの影響力っていう設定がストーリーに大きく関わっていたのですが、今回はほとんど人の世の陰謀によって話が進みます。前々からあった、北の大陸からの脅威が、もう喉元にまで迫ってきていて、以前チャグムがなじみになったサンガル王国は既に敵の支配下に置かれてしまっている。
 で、短気を起こして敵の罠に飛び込む形になったチャグム皇子が、南の強国に囚われ、国の危機に向かい合い、何とかして国を守ろうと一人、旅立つまでの、お話。
 政治的駆引きが大変面白いのですが、普通に考えれば、15、6の少年がたった一人で異国へ赴き、為政者と外交交渉しようなんて、途方も無く困難な話です。
 まあ、この皇子様、何だかんだで各国の有力者につなぎ(直接的だったり間接的だったり)があるし、なによりも、作中で見識のある人物全員から「見所のある皇子だ」と認められている総モテ状態なので。
 次巻からはきっと、目覚しい活躍を見せてくれると思います。
 楽しみです。

「精霊の守人」2010/06/15 23:59

明日からまたお仕事に戻るのですが。
休職中は上橋菜穂子をたっぷり読めました。
それで、昔書いた感想を引っ張りだしてきました。



「いいかげんに、人生を勘定するのは、やめようぜ、っていわれたよ。不幸がいくら、幸福がいくらあった。(中略)金勘定するように、すぎてきた日々を勘定したらむなしいだけだ。おれは、おまえとこうしてくらしているのが、きらいじゃない。それだけなんだって、ね」

 アニメ版は、話が間延びしてしまったのが残念でしたが、異様に気合の入った作画とチャンバラの格好良さに感動して視聴していました。そして最終回。幼い皇子と女用心棒との別れのシーンは、シンプルですが、じーんときましたよ。
 ずっと以前に、ラジオドラマでも聴いていたので、おおまかなストーリーは知っていたのですが。アニメ最終回に合わせて図書館で借りてきた原作小説が、一番面白かったです。こまかい設定とかが、分かりやすくって。作者は文化人類学やっていたそうで、世界観がすごくしっかりしているのです。
 子供向けファンタジー小説のヒロインが、年齢30歳というのは異例だと思うのですが、彼女がもう、格好いいのですよ。強く、優しく、(アニメ版では)美しい!
 彼女と、精霊の守人となった皇子を助ける、呪術師のばあさんもまた、格好いいのですよ。強く、凄く、(アニメ版では)ぶっとんでて。
 児童小説いいなあ、字が大きくて読みやすいし、起承転結と問題提起がシンプルで。
 原作は全10冊と、外伝があるそうです。続きも読んでみようかなあ。女用心棒が自分の過去にどう向き合うのか、生き延びた皇子がどう成長していくのか、薬草師のにいさん(めっちゃいい人)の報われない片思いがどうなるのか。

「流れ行くもの」2010/06/15 00:08

「闘犬か、お前は。」
 なにをいわれたのかわからなくて顔をしかめると、ジグロは言葉をついだ。
「犬じゃあるまいし、かんたんに毛を逆立てるんじゃない。」

 このところ児童小説ばっかり読んでいますが、短くて文章が平易ですいすい読めるんですよね。そろそろ、大人向け本も読みたいところですが。
 休職中は上橋菜穂子にどっぷり。今度は「守人シリーズ」の番外編短編集。
 本編の過去話で、11歳のタンダ少年の可愛いこと。実に心根の優しい子で稲を荒らす虫にさえその死を悼む。この頃のイノセントな精神のまま成長してくれたんだなあ、大人版。大人になってからは負傷したバルサを助けるシーンが多かったですが、少年時代はバルサお姉ちゃんに懐いて面倒見てもらっている感じ。
 そして、本編では用心棒としての腕も精神も完成された強い女性であったバルサも、13歳時代は色々未熟で、それは当然なことなんですが大人版があまりに最強だったので違和感ありありです。番外編では戦っているばかりではなく、稲刈り手伝ったり酒場で給仕をしたりギャンブルにハマッて酷い目にあったり。養父のジグロを「とうさん」と呼び彼に認めてもらって嬉しがったり、戦闘に臆したり、実父の敵に対する復讐を抱いていたり、少年らしい(少女なのに)負けん気で強がったり。
 そんな、少年少女の目線で書かれた短編集なのですが、でもこれは、はっきり言って大人目線だった本編以上に、児童小説には向かない話だと思いました。
 ジグロの武人として、父親としての格好良さは本編でもとっくり語られていましたが。
 故郷を飛び出して家族からも嫌われて、のたれ死んだ男の心情。
 50年にわたって友人と楽しんでいた長いゲームを、最後に金の絡んだ「仕事」として終らせることになったプロの賭事士。
 流れ者の殺伐とした人生の悲哀。
 シブ過ぎるんですよ、お話の核となっている部分が。大人、それも中年以上、高年とか老年とかまで年いった人生が背負っているもので、三十路越えた私が読んでも深いっていうか、難しいと思いました。