「エアフォース・ワン」2024/01/20 23:07

米大統領選挙イヤーになると注目され、TV放映される。
大統領専用機がテロ集団に乗っ取られるお話ですが、意外なことに、映画冒頭では米露の特殊部隊という名のテロリストが、中央アジアの独裁者に鮮やかに襲いかかるのでした。そこまでやるならきっちり暗殺すれば良いものを、捕縛してしまったからテロリストに解放要求されてしまうのですが。
そして、自国利益追求を改め正義のために米国は動く、と宣言する大統領。
9.11以前の、97年。映像も演出も理想も古めかしく、H・フォードも昨年のインディ・ジョーンズと比べるとかなり若く、ハンサム。ただ、旧ソ連の妄執に囚われた者の発想だけは、現ロシア大統領を連想させて今日的に感じられます。
大統領は元軍人ですが、ダイ・ハードのようにほぼ単独で超人的な活躍をするのではなく、仲間たちと連携し知恵を絞って戦います。
米国の象徴という意味で非人間的な大統領の立場など、ホワイトハウスという世界を興味深くのぞき込みつつ、上空での闘いを楽しむ娯楽作品。

「生きる」2024/01/14 22:42

1952年、黒澤明監督のヒューマニズム映画。近年英国でリメイク版も作成された傑作。
NHKにて今年の成人の日に放送されたのですが、若き新成人たちに、どんなメッセージを送るつもりだったのでしょうか。
すでに若くもない自分は、少し陰鬱な気持ちになりました。私は生きているのだろうか、本当は死んでいるのではないか、と。
冒頭で主人公は生きていないと断言されてから、ハッピーバースデーの歌声に祝福されるまでが、長い。人生が長くないことを宣告されてから、夜遊びしてみたりストーカー紛いの振る舞いをしたり、迷走が続くのです。結局、遊ぶよりも仕事に打ち込むことによって新たな生を得るのですが、そこは彼の死後に回想で語られるという、変わった構成。
志村喬演じる、ぼそぼそしたしゃべり方の初老の男が歌う。命短し恋せよ……
この作品のもう一つの特徴が、お役所しごとの不甲斐なさです。すさまじきは宮仕え。駄目な人が集まって駄目な組織を作るのか、駄目な組織が人を駄目にするのか。
命短し。適当なことやっている暇なんて、本当はないはずなのです。

「エルピス-希望、あるいは災い-」2024/01/07 13:15

2023年は、ジャニー喜多川氏の非道に大きな関心が寄せられたと同時に、大きな力の前でマスメディアがいかに腰砕けだったという問題も衆知のこととなった。

その直前の2022年に放送されたTVドラマの、24年新年一挙放送。序盤は冤罪問題だったのが、大手TV局の組織構造の歪さ、報道姿勢の弱さに焦点がシフトしていく。
主人公も、一定以上名前の知られた報道キャスターから、新人ディレクターへと移る。眞栄田郷敦の、若くて無知故のがむしゃらで、できることは何でも全力で取り組もうとする意気込みが、魑魅魍魎蠢く世を照らす一本の松明となる。
後追いで対象を叩くことはできても、公式発表のないスクープを先陣切って取り上げるこのできないTV報道気質を、同じTV業界で、エンタメを担うドラマ部門から切り込む。
骨太だ。目を逸らしてはならない問題を次々とすくい上げつつ、キャラクターの配置と演出で物語としても十分な見応えがある。渡辺あやの脚本の力。
みんな、本当は、正しいことが、したいのだ。

「ナポレオン」2024/01/06 16:36

昨年から気になっていましたが、年明け終映間際になってようやく観に行けました。
激動のフランス革命時代。凄惨なマリー・アントワネットの処刑から始まるリドリー・スコット監督の大作は、美術も戦闘シーンも気合いが入っていますが、印象は冷たくて、暗い。
革命の熱気は希望や情熱より狂乱のイメージ。戦闘はリアルすぎて陰惨なほどで、昨年観た「キングダム」が戦場を格好良く華々しく描いていたのと対照的。
フランス人も、複雑な国民ですね。革命で王侯貴族を粛正し、結局、英雄を皇帝として祭り上げ称え、従っていくのです。自由って民主主義って、何なんなのでしょう。戦場の勝利よりずっときらびやかな戴冠式シーンは、美しくもどこか空しい。
「ジョーカー」では表情豊かに主人公の悲しい狂気を演じていたホアキン・フェニックスは、実に不機嫌で気難しそうなナポレオンになっていました。
コルシカの田舎出身の小男が、身分も出自も関係なく成果を上げ、国の頂点に立つ。そんな彼が、愛するジョセフィーヌと離婚した理由が、跡継ぎとして帝位を継ぐ男子を産めなかったから。そして名家の娘と再婚する。それが、彼の幸せだったのでしょうか。
時代の流れに乗り才能を発揮し望むものを手に入れてきた男、ナポレオンの憂鬱を描く。

日向大神宮2024/01/03 23:34

初詣にあらず。23年はあんまり寺社参りしてないな、と思い、年の瀬に日向神社へ。奥にある天岩戸をくぐり、そのまま大文字山頂上を目指す。午後二時半頃到着し、持参した蜜柑を剥いて休憩。
それから少し下り、普段職場の窓から眺めるだけの、送り火の大の字へ至る。京都市街地一望。
この日は日暮れ前に下山するペースを考えていたのですが、下り途中に上ってくる人と多数連れ違う。今度行くときは、私も夕日の時刻を狙っていこうかしら。

「豆富小僧 その他」2024/01/03 23:31

京極夏彦の、妖怪小説。他に、狂言や落語の台本あり。
かなり前に、NHKの恐怖絵本番組で見た、とぼけたキャラクター。江戸時代に一瞬爆発的に流行った存在らしい。
これが小説仕立てになると、まずは「妖怪とは何か」という長い説明から始まる。先月観た「ゲゲゲの鬼太郎」と違って、こちらは人間によって妖怪が生み出される設定になっている。ので、そのシステムから講義していくのだ。
それから、科学技術とかお金儲けとか思想信条など、様々な思惑を抱えた人々と、彼らに憑いている「いるけどいない」妖怪たちが、ひとつの誘拐事件に関わって、てんやわんや。厭な感じになったところで、ただ豆腐をもっているだけ、という豆富小僧がみんなの毒気を抜いていく。
とにかく、説明が多い。それぞれの立場や考えを説明しないと話が分からないので、どうしようもないのですが。

PERFECT DAYS2024/01/02 15:33

役所広司がカンヌで男優賞を取った、トイレ企画ムービー。
気になったのが、自転車の描き方。あそこに駐輪して大丈夫なのか、行きつけの店で晩酌後に乗るのは今時ポリコレの意味で問題ないか。細かいかもしれませんが。
一人暮らしの初老の男、平山の、シンプルで端正な日々の営みを描く。早起きして丁寧にトイレ掃除業務をこなし、銭湯の一番風呂、晩酌、就寝前の読書。彼はしばしば空を見上げ、フィルムカメラで木漏れ日を撮影し、若木の鉢植えを育て、カセットテープで音楽を聴く。
アナログで質素で穏やかで、文化的に豊かな生き方。
SF的なスカイツリーに、公衆トイレの最新機能とデザイン。
両者が対立することなく共存する東京が描かれる。非常に地味で淡々としていますが、飽きません。石川さゆりが歌い、田中泯が踊る(似合っているけど、あんな身体表現格好良いホームレスがいるのだろうか、いるのか?)。繰り返しの日々の中に挟まれる断片が豪華というか、ほんの少しの登場でも印象的な人々。
ただし、あくまでも断片で、主人公を含めた人間たちを深掘りはしません。
役者たちの表面的な姿からほのかににじみ出る内面。そういう表現ならば、平山の就寝後の夢らしき、心象風景映像は余計だったかと思います。
ヴィム・ヴェンダース監督(ドイツの巨匠ということですが、観るのはこれが初めて)は淡々と、主人公の日々をドキュメンタリー風に描きましたが、しかし、どこかファンタジーめいている。
実際にトイレ清掃業務をなさっている方のご感想を聞きたいです。映画には、決定的に汚れた光景は映されませんでしたから。見るに堪えない光景は、掘り下げずほのめかすのみ。自転車の件といい、浮世離れした美しいイメージ映像、夢の理想像なのでしょう。
ユニクロや電通関係者や渋谷区などが絡んでいますし、「さあどうです、イイでしょう」と力説しているところはあるかもしれません。
そんな世界像が浮き上がらないようにしているのが、主演男優の地に足着けた佇まい。最後、目を赤くした彼の表情の意味は、観る者に委ねられます。美しくイノセントで充実した平山は、淡々としているようでその目に様々な感情が宿る。
彼の完璧な日々は、生きる悲しみと孤独な世界を知るが故に生まれてきたのだ。そんな風に、私は感じました。

「あやし」2023/12/10 21:41

今年は、宮部みゆき作品を結構読んでいました。読みやすくて面白くて、電車読書にちょうど良いエンタメ小説なのです。
2003年の角川文庫、お江戸の奇談小説集九編も、一日一話のペースで読んでいました。
辛いこと面白くないことがあっても辛抱して、誠心誠意尽くしまっとうに働く。それこそが肝要であると作中で語られています。
辛抱できなかったり、何かに心を囚われたりして、道を逸れてしまったところに、魔が宿る。
「影牢」が特に怖かったです。人の悪意、残酷さが際立つ。
世に潜む魔の気配。恐ろしい怪異でありながら、人の業としての暗い親和性がある。
それに囚われる者、そっと距離を置く者、寄り添う者、力強く立ち向かう者。
人それぞれのやり方で、「あやし」に対応していく物語。

「夏の祈りは」2023/12/06 20:10

須賀しのぶの、高校野球もの、新潮文庫。
激戦区・埼玉県の公立高校野球部を舞台にした、連作短編集。私立強豪の壁に甲子園への道を阻まれ続ける北園野球部ですが、第一話では、同じ公立高校チームに敗れます。
甲子園に行くため、必要なものは何か。
悔しさと同時にプレッシャーからの解放を味わう主人公は、対戦相手のチームから、その鍵を感じ取ります。
その昭和最後の夏から、平成29年まで、北園高校の甲子園への挑戦が描かれます。
第一話、敗れた君に届いたもの
第二話、二人のエースナンバー
第三話、マネージャー
第四話、ハズレ
第五話、悲願
どのページを開いても、ツボにはまるシーンばかりなのです。
今年の夏は、エンジョイ・ベースボールが頂点へ上りましたが。
選手も監督もマネージャーもOBも、みんなで1つの目標を目指し、戦う。
夏の祈りを楽しめた者こそが、祭の主役にふさわしい。

「ハンチバック」2023/12/03 21:42

導入部は苦手、最後の締めも唐突で置いてきぼり感が残る。
でも、本筋はとても面白かった。
社会学からネットエロ小説まで語れるインテリ系重度障害者。親から受け継いだ莫大な財産も信頼できるヘルパーさんもいる。充足しているようで、でも介助無しでお風呂には入れないしちょっとしたアクシデントでも死にかける。
主人公・釈華の表の顔は温和で善良な障害者、裏の本音は捻れて屈折して知識人っぽい難しい単語を使いたがる皮肉屋。
不平不満愚痴が中心、とも言えるだろうか。共感は薄い、でも不快感も薄い。
彼女の言葉に説得力とエネルギー、そしてユーモアも漂う。力強い弱者だ。
著者の市川沙央さんは私と同年代の中年女性。かつてコバルトを愛読していた読書好きの少女だったと思うと、なんとなく、趣味の方向性が理解できる気もする。