「ハンチバック」2023/12/03 21:42

導入部は苦手、最後の締めも唐突で置いてきぼり感が残る。
でも、本筋はとても面白かった。
社会学からネットエロ小説まで語れるインテリ系重度障害者。親から受け継いだ莫大な財産も信頼できるヘルパーさんもいる。充足しているようで、でも介助無しでお風呂には入れないしちょっとしたアクシデントでも死にかける。
主人公・釈華の表の顔は温和で善良な障害者、裏の本音は捻れて屈折して知識人っぽい難しい単語を使いたがる皮肉屋。
不平不満愚痴が中心、とも言えるだろうか。共感は薄い、でも不快感も薄い。
彼女の言葉に説得力とエネルギー、そしてユーモアも漂う。力強い弱者だ。
著者の市川沙央さんは私と同年代の中年女性。かつてコバルトを愛読していた読書好きの少女だったと思うと、なんとなく、趣味の方向性が理解できる気もする。

「この世の喜びを」2023/07/15 23:31

著者・井戸側射子氏、元は詩人で国語教師という経歴に、納得です。文体は二人称!単語は平易だけど独特な言い回し、現在進行形と過去回想が同階層に入り交じる表現。
読みにくい、自分、苦手なタイプの文章です。主人公が女子高生と接触するまで、ショッピングセンターの描写が単調に続くのがキツかった。
主人公・穂賀さんが勤める、どこにでもありそうな商業施設内での、多様な人々の邂逅。彼女は、何を見ても感じても、娘の思い出と結びつける。もう社会人になる娘たちを、とても愛しているのだろうな、と思うけど、あんまり仲良しな感じじゃないっていうか、愛情が通じてない感じ。
彼女自身の娘時代の思い出も、ふわふわと浮かび上がる。
違うんだよ、若さは体の中にずっと、降り積もっていってるの、何かが重く重なってくるから、もう見えなくて(後略)
作中の舞台も、出来事も、ヒロインの感情も、起伏が乏しい。お話としては退屈なものですが、穂賀さんが相手に伝えたいモノはその平凡さの中にあり、この世の喜びを感じている。

「図書館戦争」2023/05/13 22:10

大学出たての新人が、落とし物を拾ってくれた上司に対して、「いいです、捨てといてください」とは、普通言わないだろう。いくらソリの合わない相手でも、そこは「ありがとうございます」ではないだろうか。
有川浩の出世作。著者の作品は、映像化されたモノは幾つか観たことありますが、ちゃんと小説読むのはこれが初めて。角川文庫、巻末にオマケ短編付き。
検閲が合法化された架空日本国で、それに対抗する図書館が武力闘争を繰り広げる。強引な設定をキチンと成り立たせているところは凄いなあ、と思うけど、前述のような感じで、ヒロインにいまひとつ、魅力を感じない。夏目漱石の「坊ちゃん」と同タイプ。坊ちゃんと違って職業意識が真摯なだけ、まだマトモか。
主人公より、役得のような不憫なような、上官の心理と立ち位置を味わうのが正しいのかもしれない。
漫画っぽい世界設定、漫画っぽい人物造形、でも文章は漢字多め(固有名詞や説明文)。原作よりも漫画版を読む方が楽しいかな。

「星の子」2022/09/25 22:39

秋の気配を感じるひんやりした朝、鉢植えに青虫発見。
葉っぱを食べるアゲハの幼虫、これが春夏だったら即駆除ですが、この季節、緑の葉はもう枯れていくばかりで青虫が食べてもさほど美味しくないでしょうし、最近の台風にも負けずにここまで大きくなったと思うと、もののあはれがあります。
さて、無事にサナギ化して越冬できるか、栄養不足で干からびるか。
害虫という認識を外すと、明るい緑の体も灰青の斜めのラインも、きれいなものです。

朝日文庫、巻末に作家の小川洋子との対談(2017年)付き。
今村夏子、芥川受賞作が異様に面白かったし、昨年の映画「花束見たいな恋をした」で主人公カップルが注目していた作家だったし、「星の子」は一昨年映画版を観ていました。
そして、映画の原作小説を、今、改めて読んでみたのは、この物語の主人公、ちーちゃんことちひろちゃん中学三年生は、新興宗教信者2世だったからです。
印象だけでいうと、原作より映画の方が面白かったです。小説を呼んだ段階でストーリーをすでに知っていたからというのもあるでしょう。映像によって林家の住居生活水準が下がっていく様子や両親の宗教的習慣(彼らにはふつうのことだけど)の異様さに、文章以上にインパクトが出るのも強い。役者さんの力(主演・芦田愛菜)もあります。
もちろん、小説の方が状況や人物の説明が多く、理解しやすい。ちーちゃんは思ったよりメンクイ食いしん坊キャラでした。ラストの微妙さは原作の方が余韻を感じました。映画、もう一度見返したい。
お金に不自由し、お姉ちゃんは家出して音信不通、憧れの南先生にはドン引きされるし、困ったことも多い。
しかし、彼女は両親のことが好きで、宗教団体のイベントに参加するのも好きで、いい友達に恵まれ、けっこう楽しくやっているのです。
身を寄せ合い冬の夜空を見上げ、流れ星を探す三人の親子。
その微笑ましさと温かさと不安定さは、どこか、秋の朝の青虫に似ている気がする。

「掌の小説」2022/06/12 00:18

言わずと知れた大文豪・川端康成による、4、5ページくらいの小作品集。いわゆる掌編小説ってやつですが、一本は短くとも、百数十本も収録されているのでトータルは結構な分量です。
そして内容はというと、短すぎてどこをポイントに読んでいいのか分からない、「そこで終わるの!?」って感じで、感傷を切り取ったイメージ映像みたいに思えます。登場人物は老若男女様々、著者の踊り子好きとか、盲目の祖父と暮らした自伝的要素とかがふんだんにうかがえます。それが、あんまり面白くない。
ところが、終盤に入って来て、何故か面白くなってくる。どこがどう違ってきているのか、具体的には言い表せない。
各編の制作年は正確には分かりませんが、おそらく古いものから順に収録されていて、戦争のはげしくなってきた頃から終戦後の作品の方が、若い頃に描かれた作品よりもずっと読みやすいのです。同じように感傷とイメージを小さく切り取ったような作りなのに。
これを読もうとする人には、後ろから読み進めることをお勧めしたいです。
印象的だったのをいくつか挙げると、「顕微鏡怪談」「小切」「化粧」「愛犬安産」「木の上」など。

「貝に続く場所にて」2022/02/27 16:08

主人公は著者の石沢麻依さんと同様西洋美術史の研究者で、最初の2、3行で「これはキツイ、とっつきにくい」と分かる文章・文体。
舞台は津波に襲われた東北とコロナに襲われたドイツのゲッティンゲンという、重さ・閉塞感。
人の記憶と、記憶を刻まれた物があるならば、時間や空間の隔てを飛び越え、交流し対面できる。本来この時代のゲッティンゲンには存在しないハズの何かが、幽霊となって混じりあう。
テーマや世界観自体は割と好みで、しかし決定的に読みにくくて疲れる作品でした。色々な要素に意味を込めた、企みに満ちた表現なんだろうな、とは思うのだけれど。

「推し、燃ゆ」2021/12/29 09:38

女子高生もの、再び。宇佐美りん著、話題になった芥川賞受賞作。綿矢りさの受賞作もアイドルオタクが主要登場人物で、よく引き合いに出されるのは受賞年齢の若さだけではなさそう。
生きづらい人生を、何かに熱中することで満たしていく。傍からは狂気に見えても、熱中対象から逆に吸い取られていくことになっても、やめられない。
現代的な要素・用語を使用しているけれど、テーマはそれほど革新的なものではないように思います。
それでも、平易な日本語で、主人公の切実さを伝えてくるパワーがあるから、極端な展開にも説得力があります。たぶん、こういうオタク心理に親和性が無い(あんまり免疫がない)人ほど、衝撃と熱量を感じるんじゃないでしょうか。
ただ自分、つい最近綿矢りさ原作映画を見たばっかりだったからなあ。そうでなければもっと面白く読めたかもしれません。

「風林火山」2021/12/11 12:28

久しぶりに再読、ですが、これってこんなに長いお話しだったっけ?印象的な部分だけ記憶に残っていて、細かい辺りはけっこう忘れていたようです。
基本的に、この物語はギャップ萌えの世界だと感じています。主人公の山本勘助は軍師として戦略戦術は怜悧冷徹、非情ですらある。それが若い可愛いお姫様が相手となると、くるくるおろおろ振り回されているのが面白い。
そんな彼の「夢」である由布姫もまた、二律背反を生きた人。「父を討った人の囲い者になりたくて、はるばるやって来るとは、国は滅びたくないもの」……武田信玄(晴信)に対する執着と反感、愛憎の狭間でグラグラしながらも、己の運命を生きるのです。
物語の中では触れられませんが、そんな彼女の産んだ男児が、のちに徳川家康に大負けし、武田家没落の象徴となるわけですから、人や国の興亡ってやつは、運命的です。
勘助のもう一つの「夢」である信玄については、天才と天然は紙一重っていうか、裏表って印象です。主人公じゃないのにどこかヒーロー感が漂う人物像。例えば不利な合戦の最中でも逆転勝ちを諦めない強気な姿勢とか。比べれば、勘助はやっぱり、歴史というドラマの主役に対する脇役キャラなのでしょう。
歴史の脇役と、負け戦。井上靖作品の2大キーワードです。

「スマホ脳」2021/09/12 11:28

19年に世界的に話題になり、日本では昨年秋に刊行された(新潮文庫882)デジタル世界への警告。
自分もそろそろスマホに変えなければと思うのだけど(緊急連絡先としては、ガラケーで十分なんだけど)、怖くなってくるなー。これ以上注意散漫なヤツになってしまったらどうしよう……。
著者のアンデシュ・ハンセン氏はスウェーデン人、精神科医だそうですが、人類学者のように思えてくる。スマホが脳に与える影響を人類進化に絡めて説明してくるので。生存するために進化してきた脳からの命令があり、それに従うことで快楽を得るようになっているので、必ずしも理性によってそれに逆らうことができない……。
そのあたりはちょっとコジツケっぽく感じることもあるのですが、スマホが現代社会を生きる人々(とくに子供・若年者)に悪影響を及ぼしていることは、様々な実験結果により証明されていると思って間違いないようです。……新コロでリモート授業を行う小学校もあるようですが、それで十分な学習効果が得られるのは一握りの元々優秀なお子さんだけなんだろうか……
人は何らかの形で刺激を求める性質があり、スマホは多種多様な刺激に満ちている。
それに振り回されずに精神を健全に保つには、まず運動、それから良質な睡眠。気候が良くなってくるし、朝はバスを使わず歩こうかなあ。

「ポアロとグリーンショアの阿房宮」2021/09/08 22:19

2014年に発表された、アガサ・クリスティーの新作。
未発表の中編作品(別の長編作品の原型)によって、死後何十年経ってもお孫さんに一稼ぎさせてあげるなんてねえ。薄い文庫本に、解説文がたっぷり。
阿房宮(folly)って聞きなれない単語ですが、お庭の中の四阿みたいなもんかな?グリーンショアというのは実際にクリスティーが所有していた田舎の邸宅がモデルだそうです。さらに著者の分身と思われる準レギュラー・オリヴァ夫人(リンゴ好き推理作家)も登場し、「なんか分かんないけど事件が起こりそう」っていう曖昧な理由でロンドンから名探偵を呼び出します。まあ、金持田舎オヤジに若い美貌の奥さんって設定だけで、事件起こりそう。
英国の田舎は美しく、闇が渦巻く。戦後の混乱があったとはいえ、闇がさらに闇を生み続ける、おなじみの構図。