「つやのよる」 ― 2026/10/25 21:36

サイズが合わない運動靴で何をしようというのか
井上荒野の描いた七人の主人公たちと七つの物語は、言動がちぐはぐで整合性がない。
人は、そんなに合理的に動くモノではないのか。それぞれ、当人だけが背負う独自の法則があって、それは客観的に見れば問題の本質から乖離し、当人にも説明不能。善も悪も愛も憎も無く、人を突き動かし狂わせる。
著者は、最初の一遍でそれを、人間の中に飼っている小さな猫、と表現する。
艶という名の死にかけた女は、その猫を人の形に具体化したものなのだろうか。

「雌鶏」 ― 2026/10/14 23:07

冒頭に一茶の句「露の世は露の世ながらさりながら」
でも、パールフィ・ジョルジ監督はハンガリー人、撮影はギリシャ。
ヒロインは一言も台詞が無く(脇役の人間ばかりが喋る)、ナレーションも無い。それでも、観る者は雌鶏ちゃんの喜怒哀楽を感じずにはいられない。映像だけで十分面白い。産卵や、怪獣じみた顔面アップは最初グロテスクに思えますが、すぐに愛おしくなってきます。
卵からヒヨコまで、ベルトコンベヤに流されてきた雌鶏の、大脱走と大冒険。躍動感あふれる彼女の勇姿、これがCGアニマルだったらあの感動は生まれなかったでしょう。
ストーリーはシニカルで、食って食われて、生物のシビアな世界。ラストだけは、メルヘン入る感じです。そんなウマくはいかないでしょう。でも雌鶏ちゃんが満足そうだったから、まあ良し。

「利休の死」 ― 2026/07/30 23:07

以前読んだことがあるものもあり、未読だった作品もあり。
中公文庫の独自チョイスで、井上靖の戦国時代物の短編を集め、概ね題材となった出来事順に並べられている。16世紀後半の激動の時代の大まかなところがつかめます。発表は1950年代のものですが、最も早くに描かれているのが本書の最後に収められたのが表題作。利休の死の謎は著者の興味を大いにかきたて、後の長編小説にまでつながったのでしょう。久しぶりに読み返してみようか。
武田家の物語は、「風林火山」の後日談として読めます。何もかも裏目に出る、武田勝頼君の不器用な若さが痛々しい。
若さと言えば、一番目の「桶狭間」は信長君の世界への反発心、盗んだバイクで走り出すって感じです。井上作品には珍しく、勝利で締めくくります。
「天正十年元旦」は正に元旦の日経新聞に掲載。正月早々から、滅ぼし、滅ぼされる者たちの運命の年の始まりを描きます。

暁天講座、知恩院 ― 2026/07/19 23:29

三門をくぐると、金色の大きな輪。
朝7時から、知恩院にて。臨時駐輪場もありました。早朝は東大路通も空いています。
京都市内のあちこちで開催されている寺院の早朝イベント、一度参加してみたいと思っていました。早起きは苦手なんですが。
履き物を配布されたビニル袋に入れて国宝の御影堂へ上がる。そこは人々を受け入れる全面解放の形、扇風機のみ設置。冷房キツいと冷えるので、私にはちょうど良い。
坊さんのお話は難しかったです。浄土宗の開祖・法然上人の前半生の説明がメイン。恨みの心を捨てて念仏唱えて救われましょう。
講座修了後、芋粥と梅干しのご接待。飲み物は持参してきました。
知恩院を訪れるのは久しぶりなので他も見学しようかとも思ったのですが、八時を回るともう、暑くて。

「切羽へ」 ― 2026/06/06 23:20

タイトルは、九州のどこかの地名なのかと思っていたら
「トンネルを掘っていくいちばん先を、切羽と言うとよ。トンネルが繋がってしまえば、切羽は無くなってしまうとばってん、堀り続けている間は、いつも、いちばん先が、切羽」
井上荒野の直木賞受賞作、2000年代半ばの作品だけど登場人物は携帯電話を持たない、島には電波はないのか。
亡父の残した診療所で夫と二人暮らしのセイと、東京から来た男、石和。彼のバックグラウンドは謎、何を考えているのか、どうして島へやってきたのか。
なんとなく、大人版風の又三郎、みたいなイメージ。主人公の前に現れた、「ミシルシ」。実体があるのに幻のよう。
どこかに行きたい願望を持ち、開通前のトンネルの先頭に立つ。
セイは、「生」。かすかな親和と反発、一年間、ミシルシと交信して、彼女は切羽から先へ進んだ。
そんな風に感じたラストだったのですが、でも、逆のようにも解釈できます。トンネルの向こうを目指して行ったのは石和だけで、セイは切羽まで行ってまた島へ戻って来たのでしょうか。

北斎×広重 原安三郎コレクション ― 2026/05/16 23:18

金曜日は19時半まで開館しているので、仕事帰りに京都文化博物館へ。
千円札でお馴染み、神奈川沖浪裏もありました。北斎の冨嶽三十六景。
広重も冨士三十六景という企画をやっていたそうで、でもお空に白い台形が記号的に配置されている感じで、北斎に比べると微妙です。パクリ企画だからか……
広重はやっぱり、東海道五十三次之内の方が情景が生き生きしていて面白いです。他に印象的だったのは、京都名所之内、紅葉時期には観光客であふれかえる通天橋は、昔は橋の下で弁当広げてたのか!
北斎も広重も、富士やら観光名所やらを描くために、実際に現地へ足を運んでいたのか、ある程度は伝聞や想像で制作していたのか。
展示数多くて原安三郎氏のコレクター魂には感服いたします。でもせっかくシリーズ物を揃えているに、前期と後期で入れ替えるため全部まとめて鑑賞できないのは残念に思います。

「歩道橋の魔術師」 ― 2026/05/09 15:57

天橋上的魔術師
2021年の河出文庫、表紙の装画も著者・呉明益で、びっくり。この絵によって、日本人には馴染みの無い中華商場という作品舞台がイメージしやすくなります。
台湾作家の小説は初めてでしたが、なんとなく村上春樹っぽいイメージ。具体的にどこがと言われると、なんだか意味があるような無いようなエピソードが一人称で語られるってくらいですが。
40代の大人になって、80年代あたりの子供時代を回想する。ほのぼのしたノスタルジーよりも、死と消失のイメージが濃い。そして、子供達に不思議を見せる、魔術師。
現実を異界が交わる場。登場人物が皆本名でなく通称(トムとかテレサとか英語名が多い)で語られたり着ぐるみで象になったりしているのは、彼らが異界に足を踏み入れた存在として描かれているってことなのか??

「木挽町のあだ討ち」 ― 2026/04/30 18:16

見たい夢を作り出す。
東映時代劇、主人公は武士で派手なチャンバラで始まりますが、メインは芝居小屋のみなさんの、心意気。
人を死なせる一芝居、人を死なせない一芝居。
武士の世界は「形式を通すためにそこまでやらなきゃならんのか」という残酷さ、情けは切り捨てご免。歌舞伎の武家物も、忠義のために女房子供を犠牲にするのが基本ですから。
そんな窮屈さを皮肉るように、心優しい少年を助けようとする心優しい大人たち。
しかし、……もっと早い段階で少年剣士に真相を教えてあげれば良かったのに。みんな秘密主義だ。

「恍惚の人」 ― 2026/04/25 17:51

男って、本当に役に立たない。
有吉佐和子の小説は毎度、登場する女性達が大変な忍従を強いられてしまう。この作品も昭子さんが気の毒で、ついつい、「このじいさん早よう死ねばええのに」と思ってしまいます。
私が生まれる前、認知症なんて言葉も無かった時代の話だけど、全く古さを感じません、残念ながら。今だって物価上がって主婦悩ませる時代だし、うちの父もまず歯から衰えていってたし。最初の方の「明治の男」の部分を「昭和の男」に変えても違和感なく話の前後が繋がります。
通夜と葬式の描写から始まり、恍惚の人となったボケ老人を巡る物語は、間違いなくこのじいさんの自業自得なのですが、振り回されるのは周りの人間。しかしそれだけで無く、鋭く尽きてくるのは、もしかしたら自分も年取ったらこんな風になるのではないかと危惧する中年世代、そんなことは思いもよらない若い世代という違い。
昭子さん達にとって幸いだったのは、周りの人たちが明るく普通に善良で、痴呆について情報交換できる環境だったことでしょう。
老人病は精神病、なのだそうです。

第98回センバツ、準決勝、エースと礼 ― 2026/03/29 22:57

三月最後の日曜日に、桜より白球を愛でる、センバツ準決勝へ。
ちょっと暑くなりましたが、二試合とも接戦で熱く、大満足。

智弁の外野手、外野スタンドへ90度、礼。内野へも、礼。これを毎回守備位置に行く度に行うのがなんか可愛いです。
しかし、智弁学園は、三回に失策がらみで失点するし、攻撃もハンパな走塁でチャンスを潰す。そんな危うい野球をやっていながら、踏ん張り続けたエース。杉本の頼もしさ。
逆に、中京大中京は、それまで決めてきた二枚看板の継投が不発。六回から登板の太田投手の制球難。六回に同点八回に決勝点九回表は杉本が140後半の速球を投げ込み、2-1で決勝進出。

専大松戸のエース門倉は、同点に追いついた4回裏から登板、勢いに乗っていこうという意図だったのでしょうが、終盤、大阪桐蔭打線が襲いかかる。
大阪桐蔭先発は二回戦で大荒れだった背番号1。初回から死球で走者を出した時にはまたか、と思いましたが、何とか大崩れはせず。終盤は二年生の川本につないで3-2で勝利。

決勝は、大阪と奈良の近畿対決、勝利の鹿はどちら行くでしょうか。