「暗い越流」2020/05/02 23:03

光文社文庫の若竹七海作品は軽くてユーモラスなタイプが多いのですが、この短編集は毒と棘で差してくるヤツだ。
五編中最初と最後のが葉村晶モノで、「蝿男」が葉村三十代、「道楽者の金庫」が東北の震災から約二年後で四十代に突入、TVドラマ版のミステリ書店のバイト設定がここから出てくる。……初登場時が二十六歳でパソコン通信なんて単語が出てきたことを思えば、随分時が流れたものです。二編とも、「悪いうさぎ」のときの暗闇恐怖症がちゃんと後を引いていて。
しかし、本書のメインは表題作の「暗い越流」で、日本推理作家協会賞短編部門受賞作品。中身は……2012年当時にそんな言葉はなかったかもしれないけど、毒親!葉村晶もそうだけど、ミステリ小説に親子兄弟関係が歪なのはつきものではありますが。
親だからって理由で年寄のエゴを正当化し、子供の人生を狂わせる。この親があまりにもマヌケなので笑っちゃいそうになりますが、お話の底に流れているものは、とても暗くて冷たい閉塞感。

「プレゼント」2020/04/02 23:14

懐かしくって再読。若竹七海のミステリは、ときどき無性に読みたくなる。
NHKのドラマ版は主人公が必要以上にぶっきらぼうで態度悪くて首を傾げたのですが、可愛らしさよりシニカルを全面に出す姿勢はよく伝わります。そう、このシリーズは葉村のキャラクターが命。
ドラマ版は第一話のみ中公文庫から、それ以降のお話は文芸春秋社から。
初めて読んだのは確か私が高校生の時、葉村はまだ二十代半ばのフリーター。他の探偵キャラと変わりばんこで主人公をやる短編集で、表題作の「プレゼント」も彼女が主役じゃなかった。それが出版社を変えて単独主役の短編集「依頼人は死んだ」が、さらに長編の「悪いうさぎ」まで出て、正直嬉しかった。
気に入りのキャラクターだったのです。昔読んだときはタフでクールなイメージが強かったけど、改めて読むと結構情に篤く義理を重んじる人物だと思いました。
女探偵が挑むのは、事件と言うより、狂気だと思う。あるいは極端なエゴイズム、当人は真剣に自分に正当な言い分があると信じて他者を攻撃し踏みにじる。その姿は滑稽でもあり危険でもありおぞましくもある。葉村はそれに振り回されたり首をつっこんだりして、実はけっこうダメージを負います。
傷つくから共感が生まれ、それでも潰れないから応援したくなる。

「おらおらでひとりいぐも」2018/09/24 22:57

主人公の名が桃子さん、だからじゃないけど。
この小説に絵を付けるとしたら、先日お亡くなりになった、さくらももこの画が良いなあ。
若竹千佐子作、2017年下半期芥川賞受賞作。けっこう売れているらしいけど、20代くらいの若い人の感想を知りたくなる。
己の内面の複数の声を、腸の絨毛突起のイメージでお届けする。内容は全編内省的自己ツッコミでありながら、ユーモラスでシュールな画像的に書かれている。
ただし、主人公は小学生女子ではなく七十代老女、テーマは人生とか愛とか死とか。
絨毛突起たちによって己の母語たる東北言葉を復活させた桃子さん。なかなかゴチャゴチャと理屈っぽいお人である。行動はけっこう突発的なのに。七十代の現在の生活から、過去の回想へと移り、その意味を(東北弁の自己分析によって)見出していく。
私には結婚も子育ても田舎からの上京も経験ないけど、もう少し齢を重ねたら、こうして己の意味を思索してちょっぴり何かを悟るようになるのかなあ

「プラスマイナスゼロ」2012/05/13 11:47

 このふたりには、たぶん、わからない。
 でも、それはどうでもいいことなんだ。平凡なわたしが言いたくても言えず、やりたくてもできないことをやれるカッコイイ女と知り合えたことにくらべれば、どうでもいい。とてつもなく不運なのに前向きで、ちゃんと他人をかばったり思いやったりできる女と仲良くなれたことにくらべたら、どうでもいい。

 軽いモノを読みたくなると、やっぱり若竹七海です。短編連作学園モノ。ミステリや幽霊も出てきますが、本書はやっぱり、個性的な女子高生三人の愉快なやり取りが楽しいです。昔読んだ「スクランブル」みたいな。
 プラスとマイナスとゼロ。全然タイプの違う三人がなぜか一緒につるんでいるわけですが、「ゼロ」である平均的平凡少女が、一番言うことキツくってイイです。
 アル中DVの夫に深夜にお酒を買いに行かされてひき逃げにあってしまった可哀想な主婦に対しても、本気でどうしても嫌なら逃げたり離婚したりすればいいのにそれでも一緒にいたんだから当人も納得してたんでしょ、てな、辛辣さ。
 可哀想な人に対してもバッサリ!な毒の要素と、それをユーモアで包んでしまう、このバランス感が、読んでいて安心できます。
 今回はお気楽な高校生が主役なので、毒の部分は薄目で、ばかばかしいお笑い感が多め。
 文章もリズムのある一人称で、通勤時にサラッと読むのに最適でした。

「死んでも治らない」2010/10/21 23:52

 短編ミステリの面白さがギュッと詰まっていて、伏線の張り方がきっちりしていて、シニカルで、読後感は全然すがすがしくないのです。でもハマッたら病み付きです。
 大道寺圭は元警察官。警察官時代に遭遇したマヌケな犯罪者達の話を本にして出版したのだが、それをきかっけに、次々とトラブルに巻き込まれて……
 犯罪者たちのマヌケっぷりを描く、というとユーモラスな感じがしますが、この作者の特徴は人間の醜い行動をさらーっと、しかし容赦なく文面に叩きつけるところ。ユーモアをまぶしてあるので暗い話にはならないのですが、犯罪者たちよりも何よりも、主人公である大道寺が一番コワイ人物に思えてならない……
 書き下ろしの「大道寺圭最後の事件」は微妙でした。彼が警察を辞めるきっかけとなった事件で、各短編になんとなくリンクしてはいますが、ちょっと苦しいというか。ぶっちゃけ、話を五つに分断して各短編の間に挟んであるのが、読み辛いのです。何度かページを後戻りして筋や伏線を確認せねばなりませんでした。
 警察辞めてからも事件続き(というか辞めてからがタガが外れたように本領発揮)なので、全然「最後の事件」じゃないっていう若竹流の皮肉なんでしょうね。

「ヴィラ・マグノリアの殺人」2010/10/03 01:18

 若竹七海の特徴は、作品内にちりばめられた「毒」です。この世の「悪」「不愉快」「下劣」といったマイナス要素を「皮肉」でまとめ上げつつ話が進行していくのですが、しかしその中に、独特のユーモアが漂う。
 犯人追跡シーンなんか、異様にハイテンションな喜劇として描かれて、ここは小説より映像向けな感じがしました。
 この黒いバランスを味わいつつ、事件発生と謎解きを楽しむのです。
 事件のあった住宅地の個性豊かな人々を調べていくうち、彼らの抱えるあれやこれやの問題ごと、人間関係の渦が次々と発覚していくサマは、クリスティーの作品(特に、マープル物)に通じるものがあります。
 最後はちょっとヒネリすぎ(というか、うまくいきすぎ)な気もしましたが。