ハープの嵐2023/10/01 12:47

九月の最終日、残暑から一転、夜半に激しい嵐。

大阪クラシックでもハープを聴きに行ったのですが、会場がカフェのすぐ横で、シルバーのガチャガチャやミキサーの音など結構聞こえてくる環境。不完全燃焼を解消すべく、フェスティバルホールの大阪フィル定演へ。
管弦楽曲でハープがメインって珍しいのですが、今回の指揮者(オーボエも)であるハインツ・ホリガーさんの奥様がハープ奏者だそうで。二曲目はご自身作曲の「音のかけら」だし、後半のシューベルト8番もオーボエが主要パートを担うし、マエストロの得意分野を集めた感じのプログラムということでしょうか。
期待していた「オーボエ、ハープのための二重協奏曲」は、いきなり弦の不協和音。作曲者・ルトスワフスキはポーランド人、第二次大戦では大変な経験をなされたそうです。衝撃の動、緊迫の静が繰り返される。ハープも、優雅なイメージを覆す不穏な音色。第二楽章の鉄琴木琴(ヴィブラフォンとマリンバ)の幻想的な美しさ。
二曲目も、遠くの空から響いてくる雷鳴のような、彼方から迫り来る地響きのような、囁きの重なり合いが格好良い。幽玄の世界です。
残念だったのは、咳き込む人がいつもより多かったような。風邪気味の人が多かったのか、冷房が効きすぎていたのか。そういう意味では、咳に敏感だったコロナの頃の方が良かったなあ。
CDよりもライブ演奏の方が絶対に面白い、前半の緊張感に比べると、「ザ・グレイト」はちょっと平凡に感じられました。シューベルトは歌曲やピアノ曲の印象が強く、交響曲をきちんと聴くのは初めてでしたが、明るく軽快なメロディーで、聞きやすく私好みの曲のはずなのですが。聴き所もあるにはあるけど、なんか難しい。

「君たちはどう生きるか」2023/10/07 23:32

とにかく、わらわらさんたちが、可愛すぎます。あの極めてシンプルな白一色のボディに、絶妙に緩い表情が最高です。

ジブリ映画の少年たちは、みんなすごく良い子。勇敢で思いやりがあって聡明で頼りになる。
しかし、宮崎駿監督の最新作では、年相応に拗らせていて、なんとなくニヤニヤしてしまう。表情は硬く時に攻撃的。眞人くんの引っ越し先は素敵なお屋敷ですが、人物と住まいとの作画タッチがはっきりと違うのも、現実(母の死や父の再婚など)を受け入れられない、現世からの疎外感を表現しているようにも思えます。
そうして引き籠もり予備軍みたいになっていた少年が、異世界での冒険を通して変化していく、という展開。
火災シーンの迫力や、屋敷に住み着く妖怪っぽい(失礼!)おばあちゃんたちや、アオサギの不気味さなど、中盤まではもの凄く面白くてワクワク観ていたのですが。
説明が省略されすぎでしょうか。異世界へ行く前、眞人は母親が自分に残してくれた本を見つけます。映画のタイトルにもなる、それを読んだ彼が大きな感銘を受けたことは想像できます。しかしどの言葉にどんな思いを抱いたのか、最後まで触れられず、なんだかタイトル詐欺にあったような気分です。
わらわらさんたちをはじめとする異世界での不思議な存在たちはなにがしかのメタファーなのでしょうが、世界の創造主が何を思ってああいう場を作り上げたのか。長い時を経て、筋金入りの引き籠もり空間に破綻が生じていたことは分かるのですが。
帰還の物語。
君たちの生きる世界へ、早くお帰り。

「文豪、社長になる」2023/10/08 23:17

昭和後期から平成へかけての芸能界名物社長が悪鬼のごとく叩かれている今日この頃。
大正から戦中にかけて文学界の大物社長の「史実に基づくフィクション」を。
社長が文豪っていうか、社長の周辺が文豪や文芸作品だらけっていうか。名前だけですが、
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」も出てきました。
著者の門井慶喜氏は、18年に「銀河鉄道の父」(未読)で直木賞受賞しましたが、その賞の創設者の伝記小説を書くことに。文藝春秋創刊100周年記念事業ってやつですね。
初めて読む作家さんですが、伝記小説を書くのにぴったりというか、読みやすく、親しみやすさを感じさせる文章です。主人公である、菊池寛の人となりの影響かも知れません。
こういうおっちゃん、いるよなあ。
情に篤く面倒見が良く、豪快で楽観的で、打算的だけどどこかお人好しで、良くも悪くも俗っぽい。友人の芥川龍之介が自殺して、その遺児・比呂志へかけた言葉が「お金のことは、心配するな」だもの。文豪っぽいイイ台詞ではないけど、社長っぽい頼りになる台詞。
そんな人だから、お調子よく、時流に乗って、「ペン部隊」。この頃は大半の日本人がそうだったのでしょうが、軍部に協力したとして公職追放されたりしますが。
人の栄枯盛衰喜怒哀楽、文藝って、楽しい。

「紺碧の果てを見よ」2023/10/14 22:45

「どこか行ったら厭だよ」
「行くもんか」
須賀しのぶが描く、日本近現代史青春ストーリー。
「君たちはどう生きるか」も含め、三作続けて、日本の戦時中が舞台の物語です。
始まりは、今から100年前、暑い夏、関東大震災。混乱の中、一度は家族を守ろうと決めたのに、鷹志少年は軍人になるために親戚の家に養子に。
彼はまっすぐな男の子で、みんなを守る人間になりたいという気持ちは本物なのですが、その後の歴史を知る読者の立場としては、まったく、複雑な思いです。兵学校に行かずとも、若く健康な男子が戦場に送られるのは変わらないのでしょうが。
戦闘描写は、なじみの薄い用語が多くて、なかなか難しい。
ただ、戦争のお話である以上に、これは、妹萌えの世界でした。もしくは、兄貴萌え。それに激しく心を掴まれてしまったのが、兄貴の兵学校時代の友人。
芸術家肌で、孤独で、一途な妹、雪子。
物語が進むにつれ、願わずにはいられない。「終戦まであと少し、なんとか生き延びて、妹の元へ帰ってあげて!」
離れていても、紺碧の海を通してつながっている。守られているのは、鷹志の方だったのかもしれません。

「心とろかすような マサの事件簿」2023/10/18 22:59

どちらかと言えば、犬派です。
格好良いジャーマンシェパードが、探偵・加代ちゃんの相棒として事件を追う短編集。創元推理文庫、宮部みゆきの初期作品で、携帯電話が影も形もない時代。
しかし、いつの時代でも、古びることない、心の隙間。そこにつけ込む、もしくはそこから生まれる、人の悪意が、聡明で情に篤い元警察犬の目線で描かれます。とくに、短編集に書き下ろされた一編が、切ない。
さすがの面白さ、前作の、パーフェクト・ブルーも読んでみたい。