「終の信託」2012/12/02 23:25

 思ったよりも、ちゃんとした「医療モノ」でした。
 特殊な難病とかスゴイ手術シーンとかではなく、普通の重症喘息発作の苦しみや心肺停止状態の患者が「管」につながれる痛々しさがとてもリアルでした。
 治る見込みがあればそんな苦しみと戦うこともできましょうが、回復の望みが見えないのに、人はそれに耐えねばならないのか。

 重苦しい映画でした。まあ、安楽死がテーマなので、ライトな作品とは思っていませんでしたが。
 肉体的に、精神的に、社会的に。生きる苦しみが、リアルで。
 役所広司演じる患者の、独自の死生観とか。
彼の気持ちを汲んだ女医さんの心情なんか。
とても丁寧に描写されて。何気ないワンカットでも、絵のように印象的な画面が素敵。
 ところが、これが、お話が法律家とのディベートに移っていくと、どんどん重苦しくなってきます。
 大沢たかおが実に、イヤラシイ検事を演じてくれました。気持ち悪いまでの長台詞。女医さんが涙ながらに訴えるのですが、相手の検事があまりにも次元の違う目線でいるため、観客としては重たすぎて泣けませんでした。
 映画の後半は「いかにして検察の筋書き通りの調書が作成されていくか」ってことにもっていかれてしまって。そういう現実があるってことは、わかるのですが。
 どうせなら、終末医療にきちんと重心をおいて欲しかったと思います。ディベートするなら、法律家より、患者のご家族とお話しすることでしょう。ご家族そっちのけで泣いちゃってる女医さんは、気持ちはわかるけど、プロとして「説明責任が十分果たされていない」と言われても、しょうがなかったのかなあ。

エル・グレコ展2012/12/03 00:53

 本名ドメニコス・テオトコプーロス。赤や青や黄、色が鮮やか。
 その中に、マリアと並んだ赤い衣のキリストさんの絵。その顔、どっかで見たことあると思ったら、某聖人おにいさん漫画(未読、でも表紙絵は本屋でよく見かけます)の主人公にそっくりでした。ジーザス!
 いやー、キリストさん像って誰が描いてもああいう目のクリッとした長髪の髭面になっちゃうんでしょうが。
 そんなこんなで、感動よりもツッコミ甲斐(天使の羽って案外黒っぽいなー、とかなんで大昔の兵隊さんが体にピッタリフィットのボディスーツ着用!?とか)のある美術鑑賞になりましたが。
 メインの「無原罪の御宿り」は圧巻でした。縦長で、三メートル以上ある大作。
 夏に「美の巨人たち」で取り上げられていたやつでした。絵画鑑賞番組なんですが、なんかトレド観光番組みたいでした。
 天の祝福を受け、セックスレスで生まれたマリアの足元に、スペインの古都の街並み。

「のぼうの城」2012/12/08 21:36

 映画の帰りにギョーザ屋へ行くと、偶然、萬斎ファンの御嬢さんと隣席に。

 男たちが戦うことを決意し、愛刀を左側から右側へ持ちかえていく。圧倒的大軍の前に降伏ムードで暗かったのが、一転してテンションが高まっていく。
 そんな昂揚感に騙されそうになるが、実はこの戦、勝った方も負けた方も犠牲は大きく得るものは少なかったと思う。田圃は水没、お城もメチャメチャ、お姫さまも……
 エンタテイメント色の強い映画ですが、死の冷たさもモチロン描かれます。
 だからこそ、エンドロールがよかった。現在の忍城跡、かつて戦のあった土地が、長閑な田園風景となっている風景。ここから三成たちは城を眺めていたのか、なんて、現代につながる歴史情緒をも感じさせて。

 ベストセラー小説を映画化、というのは良くある話ですが、映画化するために脚本を小説化、ベストセラーになってしまう。メディアミックス万歳です。
 主役ののぼう様、野村萬斎がハマりすぎでした。あのカエルの陣羽織と兜。言動が不審人物チックでぶっちゃけ「バカ殿」とイメージがかぶります。そして超イキイキと田楽を踊る姿。
 ものすごく存在感のあるキャラクターの傍らで、一歩もヒケを取らず、騎馬武者の格好よさを示したのが佐藤浩市でした。序盤、城下を馬で疾駆するする姿の凛々しさに目を奪われます。
 のぼう様の幼馴染役である彼は、でくのぼうと呼ばれる男を「しようのない奴」と呆れているのですが、しかし、のぼう様の決定や行動や存在感によって、事態がすすすっと好転していく様に驚きの表情を見せてくれるわけです。
 男勝りのお姫様や「相棒」のカイト君とキャラのかぶる酒巻なんかは、時代劇っていうより漫画チックでしたね。
 登場人物の描き分けが上手い作品です。敵方もしかりで、石田三成なんてのぼう様とは別の意味で「バカ殿」でした。お目付け役の大谷君が「ダメだよ、止めとけ」と言ってくれていること全部やっちゃう。アホの子です。秀吉の真似をしたいばっかりに小勢の城相手に水攻めなんて大がかりなことを始めて。やがて大谷君も「しゃあないなあ勝手にしろよ」てな感じになります。
 しまいには「自分には軍才がない」と認めながら「でも大戦を指揮したい」などとはた迷惑なことをのたまい、実際、後に関ヶ原で大軍率いて木端微塵に負けちゃうわけです。学習しろよ。アホやなあ、でもなんか憎めない。
 ホンマに、彼らは一体何のために戦ったのか。
 損得を算盤勘定して、割り切りたくなかった。
 ただ、力を尽くして戦うために戦った。男のロマンってことなんでしょう。

「砂漠でサーモンフィッシング」2012/12/29 15:03

 釣り漫画ではありません。
 サウジアラビアの南に位置する国、イエメン。その砂漠の中にダムで作った川を流し鮭を放って釣りをしようという、荒唐無稽な計画。
そんな無茶を考えるアラブの大金持ちってどんな嫌な奴なのかと思ったら、これがすっごくいい人で。理想家を飛び越して、夢想家と言われる。釣り好きには違いなうのですが、釣りに対する姿勢が独特で、釣果を待つ釣り人を「信仰」と重ねています。私は釣りには全く興味ないし不信心な者ですが、それでもなんか納得させられてしまうものがあります。
計画を手掛けることになったイギリス人水産学者も、彼の話を聞いて、この夢みたいなプロジェクトに、やる気を出してきます。
こうして鮭釣り計画に大金が投じられ、イギリス政府も大乗り気になってくる。ここで出てくる、「票の獲得」をすべての判断基準にしている政治屋さんたちの様子が、スピリチュアルなアラブ人と対照的で笑えます。
 しかし、こんな荒唐無稽なプロジェクトですから、反対意見が出るのもわかるんですよね。もっと他に有意義なお金と労力の使い道もありそうなもんですし。
 はたして、「奇跡」は起こるのか。
 夢の計画、コメディ、風刺、ラブストーリーと、様々な要素が盛り込まれたストーリーも面白いのですが、登場人物たちの描かれ方もイキイキしています。
 バリバリ仕事する三人の女たちと、彼女たちの抱えるプライベートの姿。主役の水産学者は堅物でサエナイ設定なんですが、演じるユアン・マクレガーはとってもチャーミングです。嫌なことがあると、自宅の池で飼ってる錦鯉にパンをちぎって投げ込む地味さにときめきます。