「烏は主を選ばない」2021/08/10 11:41

台風で高校野球の開幕が延期になったため、振替休日の月曜いちにちポッカリ予定が開く。
午後からずっと読書。こんなの久しぶり、幸せだ。


人の姿と烏の姿に変身すること以外は、どうもファンタジー色が薄い。
このシリーズは、陰謀画策心理駆引欺き合いがメインなのか。オツムが良いのを見込まれてしまったばっかりに、政争の中心部でヒドイ目に合う少年の物語。思いっきり巻き込まれているのに、重要なことは何も教えてもらえない彼はグレてもしょうがないと思うのだけど、とてもいい子だ。
それなのに、彼がお仕えする、肝心の若宮が何を目指しているのかちゃんと示されず、今のところはただ身を守り政敵を排除していくばかり。
ハードな、というより、殺伐とした世界観。

「探偵物語」2021/08/06 23:22

毎年のように作品が映画化されている推理作家、といえば、現在では東野圭吾ですが、四十年前では赤川次郎でした。トコトン軽くて読みやすい、基本会話文で物語が進んでいくのも、映像作品向きですね。
いいの。どうせ父の口座から落ちるんだもの。
知恵と勇気と財力で突き進んでいくお嬢さんと、人の好いぺっぽこ探偵の凸凹コンビが、ヤクザの手から逃れつつ、殺人事件の謎を解く。
しかし、ハタチの娘と43才(自分、同い年……)のオジサン探偵が絆を深めていくのを、周囲のみなさんが割と肯定的に受け止めているのに引いてしまう。説教好きのヤクザだけが普通に懸念を表明したくらい。
あれ、おっさんブーム(?)に乗りきれない、私の認識が古いのか?

「烏に単は似合わない」2021/07/24 11:43

長距離通勤電車読書に、芥川龍之介全集第一巻(ちくま文庫)をチョイスしたのは誤りだったか。芥川初期作品の土台にあるシニカルっていうか底意地の悪いモノの見方に毒されてくる。「鼻」なんかようやく坊さんの念願が叶ったのに周りから「あの人整形なんかしちゃって、ぷぷぷ」ってリアクションされて前よりも不愉快になってしまう、可哀想だ。でも妙に説得力があって、刺さるって意味では確かに傑作なんだけど。
でも、ちょっとキツイ。もっと軽い読み物を。




思っていた以上に軽い、ライトノベルでした。
史上最年少松本清張賞受賞、続巻も次々発表されていて、前から気になっていました。文藝春秋社がラノベファンタジー分野の開拓に乗り出し、押してきた看板作品。
登場人物は人間じゃないけど使用言語は日本語な、和風ファンタジー。内親王の名前(藤波)からタイガースの速球派投手を連想してしまう時点で、ちょっと自分には厳しい世界観。
ストーリーはこれだけでは完結していません。なんか色々欠け落ちていると思ったら、続編で舞台裏が明かされる構造(未読)。
ほんの幼い時分に抱いた思慕の情が、年ごろになってからも大きな影響力を発揮する。人生を大きく左右するほどに。
そういうことはあるでしょう、そういう人がいても不思議とは思わない。でも主な登場人物みんなその傾向があるのは不思議。そういう世界観(カラスだから?)なのか、著者・阿部智里さんの恋愛観か。幼馴染万歳主義者かな。

「むらさきのスカートの女」2020/11/12 22:58

先月観た「星の子」がおもしろかったので、原作者・今村夏子の昨年の芥川賞受賞作を読んでみました。
これは、あれです。スマッシュ・ヒットを放った「コンビニ人間」と同じ系統の、異様な人間像を描く小説。読みやすい平易な文体でノーマルとアブノーマルの境界線が取り払われていく。「それがどうした」と言われるとそれ以上の発展はない(そこが「コンビニ人間」との違い)のだけど。
読み始めは、語り手の女の妄想がうっとうしくてしんどかったのですが、妄想が「むらさきのスカートの女」の実態に移っていくと、面白くなってきます。
ストーカー女のピントのずれた妄執、狂気。そんなグロテスクをユーモラスに語る手際が凄い。

「密やかな結晶」2020/04/20 22:48

そういえば、この作者はアンネ・フランクのファンだったなあ。嵐のような外界から身を隠す、ひっそりとした空間で息を殺して、支援者とのみ交流する。その閉塞感を、苦痛と言うよりもむしろある種の快感として描く。
人は案外、恐怖も不自由さも受け入れて、楽しんでしまうのだろう。
小川洋子の94年の作品、ブッカー賞の候補、なのでまだ受賞したわけじゃないのだけど、最近では珍しく明るいニュースだと思って、学生の時以来の再読(内容はすっかり忘れていた)。
おそらく日本と思われる島では、次々と「消滅」が起こる。帽子や、カレンダーや、香水や、ラムネや、小説や、小鳥や、左足など。それは物理的であり自然現象でもあり、人々の中から概念ごと失われてしまう。しかし、消滅してしまったものを捨てずに覚えている人々もいて、それを狩り立てる秘密警察が存在している。……なんとなくだけど、英国知識人の好みそうな設定だ。
この辛気臭い小説を読んで改めて思ったのが、私は昨今はやりの「不要不急」という言葉が嫌いであるということだ。
百歩譲って不急であることは認めても、簡単に不要って言うな!図書館も高校野球もコンサートも映画も飲み屋も不要なんかじゃないぞ!ちゃんと「お急ぎの要件でなければ遠慮してね」って言ってよ!

「妊娠カレンダー」2019/09/18 23:34

妊娠中や、妊活中の方にはお薦めできない。どちらにも該当しない自分でも、グレープフルーツを買うとき産地をそうっと確かめてしまう。
芥川賞受賞の表題作と、他二編収めた文庫。いずれも、なんか不気味な雰囲気を醸し出す。江戸川乱歩を連想したけど、そういえば著者の小川洋子氏は内田百閒のファンだったか。
物事に対する、希薄と濃厚の、差が激しい。登場人物の氏名をはじめとして、固有名詞がほとんどない。飼い犬の名前くらいか。名前の無い主人公たちには明確な意思とか動機とかがなく、あるのかもしれないけど描写されない。……明確ではないけど、妊娠中の姉に対する妹の冷めた悪意は感じられる。
その一方で、猛烈な執着が描かれる。いくらでも作るグレープフルーツジャムとか、天井の染みとか、身体機能とか、給食室とか。
ありきたりで当り前だと思われがちなことを曖昧にしたり、特殊な意味を与えたりして、別世界を作る。

「ながいながいペンギンの話」2019/02/16 16:59

民放の5分アニメを視聴するのは初めて。正味3分の番組を、想像以上にクオリティ高い作品に仕上げてくれている、原作ファンとしては嬉しい限り。
ひとつだけ違和感があるのは、ペンギンってあんなにキュッキュキュッキュ鳴くものだっけ?漫画の「おこしやす、ちとせちゃん」は無声なのだけど。


そうだ、これだよ。
ペンギンは「ケオー、ケオッケオッ」って鳴くんじゃないか。
いぬいとみこの長編童話、今回はフォア文庫で読んだけど、初出は宝文館より1957年だというから、ながくながく読み継がれているなあ。
幼稚園で読んだときはながいながいお話だと思ったけれど、今読み返すと、さらっと読み終えてしまう。でも、ペンギン兄弟の愛らしさは変わらない。くしゃみのルルにさむがり屋のキキってネーミングから、もう、カワイイ。
さむいさむい南極で、やんちゃ坊主の冒険だ!

「押絵と旅する男」2019/02/14 22:28

どんよりした曇り空の日に読むのにぴったり。蒸し暑い夕刻ならなお良し。
江戸川乱歩の作品に、ゲームキャラデザインで有名(刀剣乱舞とか)だというイラストレーターしきみさんのイラスト。立東舎による「乙女の本棚」シリーズ、要は文学作品に美麗画を付けて売り出そうという戦略である。
字が大きく美しく印刷されて紙もキレイで、たまにはこういうのを図書館で借りてくるのも有りだなあ。乱歩の古風な世界に、デジタルな画風が摩訶不思議。
二次元の美少女(いや、押絵なので2.5次元くらい?)に恋い焦がれて自らも押絵になってしまった男の話。を語る、その男の弟の方がむしろ妖しいっていうか、妖怪じみているお話。
……京極夏彦を、久しぶりに読み返したくなってくる。

「百年泥」2018/09/30 16:43

百年に一度の大洪水に見舞われて、でも全然クヨクヨしていなくてカラリとしている。そもそも、南インドで素人日本語教師をやる羽目になったのも、男に騙されて借金まみれになったからなのに、シニカルなユーモアを交えて語る。
著者略歴見れば、石井遊佳さん大阪府枚方市生まれ。……関西人かあ、mental of OOSKA-OBACHANだと思えばなんか納得。ヒロインは日本語教室で「日本ではマクドナルドのことを<マクド>と言います」と偏った知識を教えちゃう。
同時に芥川賞を受賞した「おらおらでひとりいぐも」と、形は似ている。ヒロインの現在の状況(どちらも一人暮らしで、己について他者に多くを語らないタイプ)を述べつつ、その中から、埋もれていた過去の事実が浮かび上がってくる。「おらおらで」ではそれが東北弁の内省から。「百年泥」では百年ぶりに川底から上がってきた泥の中から。
現在と過去、我と他、リアルと奇想が入り混じる。しかし「大阪人マインドだから、しかもインドだから」という謎の説得力によってナチュラルに受け入られる。
副主人公(と、言っていいと思う)のインド人生徒のエピソードがなんだかキレイすぎるのですが。でも、彼のツンデレっぷりというか授業にかこつけた遠回しな自己アピールは、可愛いと言えなくもない。

「Hallowe’en Party」2017/10/24 23:12

カズオ・イシグロの受賞で思わぬ増版に沸いていることでしょう、早川書房。
でも私にとってはこの出版社は、やはり赤い表紙に黒いカラスのアガサ・クリスティを一番読んでいます。図書館で借りてきたそれはクリスティ文庫、2003年の新装版。背表紙に「ポアロ」「マープル」「戯曲集」など書いてあるのが親切。
1969年刊行なので、クリスティ作品群の中では末期の頃。
推理作家のミセス・オリヴァに相談されたポアロが、ハロウィン・パーティで少女が殺された事件の調査を始めます。
カボチャよりリンゴのイメージが強い。林檎食い競争ってなんだろう?定番ゲームらしいけどパン食い競争のりんご版ではないようです。
珍しく被害者が未成年です。クリスティにしてはなんだか不穏な種類の幻想的(横溝や乱歩っぽい?)描写があったりで。
子供でも容赦しない、殺人鬼を追い詰めるのですが、推理の方は結構ざっくりな感じです。もうちょっとちゃんと動かぬ証拠をそろえるとか欲しかったなあ。