「乳と卵」2010/06/08 10:45

 随所に樋口一葉を意識している部分がありましたが。
 だらだらっと長い文章が一葉っぽいと各書評で言われていました。私はあんまりしっかりと一葉を読んでいるわけではないんですが、しかし一葉は擬古文による文語調イメージで、関西弁交じりの思いっきり口語な川上未映子の一人称とはちょっと違うような。
 読みにくいと思っても、そのうち慣れてなんとなく読めるようになるのは両者同じ。

 文体よりも中身。最初は自己の変化がテーマかな、と思って読んでいたのですが、読み終わってみればなんか違うようです。
 小学生の緑子は、初潮が来て子供を産めるようになって大人になっていくことを、あほらしい、厭だ、と思う、しゃべらない女の子。
 一方、シングルマザー生活の苦労ですっかり痩せてしまった緑子の母・巻子は、豊胸手術に異様な執念を見せる。しかしその情熱のわりに、彼女が何故そこまで乳房にこだわるのか、動機がはっきりしません。緑子にとっては、母の豊胸手術も、初潮と同様に嫌悪の対象です。
 芥川賞選評で東京都知事が、豊胸手術の意味が伝わってこない、ということを述べていますが、クライマックスシーン(なかなかエネルギッシュでした)から推察すれば、「意味のない」ことがこの作品のミソなのでしょう。
 現実なんてそんなものかもしれません。でも、そんなふうに悟ってしまうには、緑子はまだ早いんじゃないかと思うのです。
 緑子のかたくなさが、「自分が生まれたせいで母親が苦労している」という自己否定の 念から来ていることが徐々にわかってきて、哀れを誘います。しかし、意味を求めて辞書を引き、それに納得できずに暗い深みに惑う彼女に対して、
 産むことの意義も
 生まれることの意義も
 生きて行くことの意義も
 大人になる意義も、
 齢を重ねていく意義も
何一つ提示できない大人たち(作者も?)が悲しい。

「孤高のメス」2010/06/10 09:52

 ラスト、お別れのシーンで手術室ナースが衝撃の告白。
「ずっと言えなかったけど、わたし、都はるみが好きだったんです」
 ちゃうやろ、と胸の中でツッコム私。あなたが好きなのは当麻医師の方やん、メッチャ見てるしメロメロに崇拝しとったやん。
 医療モノはあんまり観たり読んだりすることはないのですが、これは芸達者な出演者さんたちに惹かれて観に行きました。
 まさに理想の医師、を演じた堤真一。メチャメチャいい人な主人公の対極として描かれた医師の、これもまた絵に描いたような卑小っぷりを生瀬勝久が好演。他にも、息子が脳死状態になってしまった母親の悲嘆を余貴美子が情感たっぷりに熱演していたんですが。
 なんか、普通過ぎるっていうか。あまりにも分かり易すぎる設定と展開と演出で(頭痛でフラフラしてきたのを差し引いても)なんか眠たくなるのです。
 いっそ、突然出てきた子供たちの合唱なんかじゃなくて、劇中歌からエンディングまで全編コブシの効いた都はるみを流していたら、KY全開で面白かったのに。

「つきのふね」2010/06/12 00:12

懐かしくってついつい、「DIVE!」を読み返したり。森絵都は、大人向けの話も好きですが、中高生向けのもいいです。
ストーリーの構成が上手くて飽きさせない、登場人物が個性的でそれぞれが光る設定やエピソードがキチンと用意されていて。
 そして、少年少女特有の純粋で、だからこそ不安定なところを丹念に拾ってくるのですねえ。


「そんなにあいまいに、人はおかしくなちゃうの?」
「平気でものを盗むってのも心の病気だ。あんたもあいまいにおかしいんだよ」
(中略)この世にはあいまいにおかしい人などいくらでもいるのかもしれない。

 本文に上記のようなことが書いてあったのですが、なるほど、この話に出てくる人たちはみんなどこか、正常でまっとうな道からふいに外れてしまって、うまく正しい軌道に戻ることができません。
 友達に対して痛恨の裏切り(と、当人は思っている)を犯してしまったさくら。彼女を救ってくれた智さんは、全人類を救う宇宙船の設計図を描き続ける病んだ人でした。
 でも、あいまいにおかしくなりそうな時に、助けになるのは、夢のように素晴らしい宇宙船じゃないのです。
「小さくてもとうといもの」
 ミルクコーヒーとか、他愛無いおしゃべりとか、お友達からの絵葉書とか。
 危うさも、そしてそれに呑み込まれない術も、本当に丹念に積み重ねていってくれた作品です。

「風に舞い上がるビニールシート」2010/06/14 02:23

 森絵都の、直木賞受賞の短編集。
 ざっとあらすじを述べると、
「器を捜して」
<ヒロミはただその場その場の気分でものを言っているだけなのだ。そしてその背後には必ず男の影がある>
 そんな我儘パティシエに振り回され、イブのデートもフイにしてしまったヒロイン。
 しかし彼女は確固たる使命感を持って、ケーキを盛る最高の美濃焼を求めて…
「犬の散歩」
 平凡な専業主婦が、スナックのホステスに。
それは、捨て犬保護のための資金稼ぎだった。犬達の運命は過酷で、彼女達ボランティアの力は決して現実に対抗できるのもではないが、<疲労と隣り合わせの充実感>な日々は…
「守護神」
 生真面目で凝り性な社会人大学生。筋金入りの文学青年な彼は、しかし仕事に勉強に、圧倒的に時間が足りない。何としてでも四年で卒業したい彼は、二宮金次郎のストラップを持つ女、ニシナミユキにレポートの代筆を頼みに行くが…
「鐘の音」
 仏像命、な仏像修復師が、心酔する仏像を、自らの過ちで破損させてしまう。誇大妄想気味な自尊心は木っ端微塵にくだかれ、彼は仏の世界から離れてしまった。
 そして25年の月日が流れ、彼が得たものは…
「ジェネレーションX」
<今はせいぜいバントでつないでるくらいっすけどね、たいした仕事もしてないし。けど粘って粘ってつないでいけば、そのうち四番打者にもなれるかなって>
 そんな彼が、高校時代の仲間たちと交わした約束。十年に一度、みんなで野球をしよう。
 しかしその日、社長命令で仕事が入ってしまい…
「風に舞い上がるビニールシート」
 表題作が一番、複雑なはなし。ビニールシートの比喩は「DIVE!」でも使われていて、人の存在の不安定さを表す。
 国連難民高等弁務官として日々危険と隣り合わせで難民達のために働く男と、平和な日本でそれなりに充足した人生を歩んできた女。二人の価値観はかみ合うことなく、自然、離婚に向かう。
 数年後、男はアフガンで殉職して…

 各登場人物たちは、皆何かに心を捕らえられています。それゆえに、しんどい道を行き、割に合わないような苦労を背負うことになるのですが、しかしその中にこそ、彼ら彼女らにとってかけがえの無いものがある。
 どの話もおおむね読後感が良い。しかしなんかモヤモヤしてしまうのが「風に舞い上がるビニールシート」です。私が、人が死ぬのが苦手っていうのもありますが、扱う問題が非情に厳しい現実、世界の闇ですからねえ。
 人ではないですが、たくさん犬が死んでいく「犬の散歩」。その厳しさの部分は、作者のエッセイ集で語られています。
 かつて文学部に在籍していた身としては、尊敬の念を抱かずにいられない「守護神」。

 森絵都の作品はやっぱり良いです。

「流れ行くもの」2010/06/15 00:08

「闘犬か、お前は。」
 なにをいわれたのかわからなくて顔をしかめると、ジグロは言葉をついだ。
「犬じゃあるまいし、かんたんに毛を逆立てるんじゃない。」

 このところ児童小説ばっかり読んでいますが、短くて文章が平易ですいすい読めるんですよね。そろそろ、大人向け本も読みたいところですが。
 休職中は上橋菜穂子にどっぷり。今度は「守人シリーズ」の番外編短編集。
 本編の過去話で、11歳のタンダ少年の可愛いこと。実に心根の優しい子で稲を荒らす虫にさえその死を悼む。この頃のイノセントな精神のまま成長してくれたんだなあ、大人版。大人になってからは負傷したバルサを助けるシーンが多かったですが、少年時代はバルサお姉ちゃんに懐いて面倒見てもらっている感じ。
 そして、本編では用心棒としての腕も精神も完成された強い女性であったバルサも、13歳時代は色々未熟で、それは当然なことなんですが大人版があまりに最強だったので違和感ありありです。番外編では戦っているばかりではなく、稲刈り手伝ったり酒場で給仕をしたりギャンブルにハマッて酷い目にあったり。養父のジグロを「とうさん」と呼び彼に認めてもらって嬉しがったり、戦闘に臆したり、実父の敵に対する復讐を抱いていたり、少年らしい(少女なのに)負けん気で強がったり。
 そんな、少年少女の目線で書かれた短編集なのですが、でもこれは、はっきり言って大人目線だった本編以上に、児童小説には向かない話だと思いました。
 ジグロの武人として、父親としての格好良さは本編でもとっくり語られていましたが。
 故郷を飛び出して家族からも嫌われて、のたれ死んだ男の心情。
 50年にわたって友人と楽しんでいた長いゲームを、最後に金の絡んだ「仕事」として終らせることになったプロの賭事士。
 流れ者の殺伐とした人生の悲哀。
 シブ過ぎるんですよ、お話の核となっている部分が。大人、それも中年以上、高年とか老年とかまで年いった人生が背負っているもので、三十路越えた私が読んでも深いっていうか、難しいと思いました。

「精霊の守人」2010/06/15 23:59

明日からまたお仕事に戻るのですが。
休職中は上橋菜穂子をたっぷり読めました。
それで、昔書いた感想を引っ張りだしてきました。



「いいかげんに、人生を勘定するのは、やめようぜ、っていわれたよ。不幸がいくら、幸福がいくらあった。(中略)金勘定するように、すぎてきた日々を勘定したらむなしいだけだ。おれは、おまえとこうしてくらしているのが、きらいじゃない。それだけなんだって、ね」

 アニメ版は、話が間延びしてしまったのが残念でしたが、異様に気合の入った作画とチャンバラの格好良さに感動して視聴していました。そして最終回。幼い皇子と女用心棒との別れのシーンは、シンプルですが、じーんときましたよ。
 ずっと以前に、ラジオドラマでも聴いていたので、おおまかなストーリーは知っていたのですが。アニメ最終回に合わせて図書館で借りてきた原作小説が、一番面白かったです。こまかい設定とかが、分かりやすくって。作者は文化人類学やっていたそうで、世界観がすごくしっかりしているのです。
 子供向けファンタジー小説のヒロインが、年齢30歳というのは異例だと思うのですが、彼女がもう、格好いいのですよ。強く、優しく、(アニメ版では)美しい!
 彼女と、精霊の守人となった皇子を助ける、呪術師のばあさんもまた、格好いいのですよ。強く、凄く、(アニメ版では)ぶっとんでて。
 児童小説いいなあ、字が大きくて読みやすいし、起承転結と問題提起がシンプルで。
 原作は全10冊と、外伝があるそうです。続きも読んでみようかなあ。女用心棒が自分の過去にどう向き合うのか、生き延びた皇子がどう成長していくのか、薬草師のにいさん(めっちゃいい人)の報われない片思いがどうなるのか。

「蒼路の旅人」2010/06/16 00:03

 女用心棒バルサを中心にした「守人」シリーズの中で、皇太子チャグムを主人公にした「旅人」バージョン第二作。
 かつて「精霊の守人」でバルサに守られていた12歳の子供も、15歳に。なんというか、その成長っぷりが感慨深いです。バルサが結構トシ重ねてほとんど人格が完成された存在なのに対し、チャグム皇太子は少年と大人の中間ぐらいにあって、その潔癖さや未熟な感じ、そして数々の経験を経てどんどんステキになっていくところが嬉しいです。母親目線で読んでます。
 本当に、ファンタジー世界のプリンスとしては理想的な設定で、賢くて優しくて武術の心得もあって(バルサに鍛えられた)民衆に人気があって、そのせいで父王から疎まれて暗殺されそうになって、異界と交信できる特技があるもんだから「皇太子の責任とか政治的派閥の駆引きとかから逃れてあっちにいってしまいたい」なんて思っちゃう、若さ。
 これまでの物語は、現実世界に対する異界からの影響力っていう設定がストーリーに大きく関わっていたのですが、今回はほとんど人の世の陰謀によって話が進みます。前々からあった、北の大陸からの脅威が、もう喉元にまで迫ってきていて、以前チャグムがなじみになったサンガル王国は既に敵の支配下に置かれてしまっている。
 で、短気を起こして敵の罠に飛び込む形になったチャグム皇子が、南の強国に囚われ、国の危機に向かい合い、何とかして国を守ろうと一人、旅立つまでの、お話。
 政治的駆引きが大変面白いのですが、普通に考えれば、15、6の少年がたった一人で異国へ赴き、為政者と外交交渉しようなんて、途方も無く困難な話です。
 まあ、この皇子様、何だかんだで各国の有力者につなぎ(直接的だったり間接的だったり)があるし、なによりも、作中で見識のある人物全員から「見所のある皇子だ」と認められている総モテ状態なので。
 次巻からはきっと、目覚しい活躍を見せてくれると思います。
 楽しみです。

「神の守人」2010/06/16 00:05

 深い恨みや憎しみを持った者が、強大な力を手に入れたとき……。
 女用心棒・バルサのシリーズで、初の前後編。恐ろしい神の力を宿してしまった少女・アスラが、国の変革を企む女呪術師や差別されてきた一族によって祭り上げられようとされていた、その計画の中に飛び込んでいってしまったバルサ。
 バルサ自身、子供の頃から命を狙われ続け、恨みを晴らそうとして力をつけてきた過去がありますから、アスラを無償で助けようとし、その力で人を殺めることを阻止しようとする姿に悲しい説得力があります。
 第一作の「精霊の守人」ほどのインパクトはありませんが、やはりバルサは格好いいです。アラサー女性のたくましさ。「老獪な獣」にたとえられていますが、前半の、追っ手を逃れて、戦うあたりは本当に、強くてしたたかで、優しいのです。
 しかし、後半では、敵である「猟犬」のシハナが印象的でした。賢く、強く、そしてカリスマ性を持つ女性で、彼女の考えはある面では筋が通っているのですが、冷たい。目的のためなら非情に徹するところが、同じ強い女性であっても(このシリーズって本当に、女性が強いです)、バルサとは違うのです。
 王国の建国神話とか北部と南部の経済格差とか他国からの侵略の気配とか、けっこう複雑な設定が絡んでくるのですが、そこは児童文学ですので、実に分かりやすく書いてくれています。
設定オタクも満足です。

「天と地の守人」2010/06/16 00:06

 守人シリーズ最終章、三冊。
 第一部では、女用心棒バルサが、たった一人で非公式外交交渉に向かった皇太子チャグムの足取りを追っていく。いつも追われる立場なのに珍しく追いかけていくバルサ。彼女は相変わらず傷だらけで、強い。
 第二部では、チャグムとバルサが、バルサの故国へと旅をして、同盟を結ぶために奔走し、それを阻止せんとする敵国の密偵と戦う。
 第三部では、チャグムの故郷で、思いっきり戦争。チャグムとバルサの行動は完全に分かれて、バルサは個人・民間人として戦争という現実に向かい、チャグムは皇太子・為政者として軍を率い、敵軍および自分とこの政府(父親)と対決することになる。
 ファンタジー小説でこんなにもガッツリと戦争してるのって、アルスラーン以来かも。
 国を守りたい、人々に死んでもらいたくないという思いで必死に叫ぶチャグムの姿に打たれます。彼以外にも、どうにかして自分の国を守ろうとして、人々の水面下での駆引きが繰り広げられて。…日本の政治家のみなさん、これくらい真剣に政治やってくれないかなあ。
 重荷を背負ったチャグムが、バルサといるときだけ16、7の少年っぽくなる(たとえば一人称が「わたし」から「おれ」に)のですが、違う道を行く二人ですから、今後はもう二度と会うことはないだろうと作中でもほのめかされています。
 登場人物が非常に多く、主役の二人以外にも魅力的な人物は見られるのですが(敵国の王子とか密偵さんとか、私けっこう好きだったんですよねえ、敵だけど)、そこらへんはけっこうサラッと書かれていたようで、惜しい。それぞれのことをもっと突っ込んで描写してもらいたかったのですが、でもそれじゃ、ますます長くなりますからねえ。
 続編を書いてもらいたいような、綺麗にここで終らせて良かったような。

ドイツ―セルビア2010/06/18 23:58

 ドイツ人の名前って、なんか響きが格好いいんですよね。

  ドイツはいいトコありませんでしたねえ。前半はまだ、個人技のレベル高くて美しいサッカーに見えたんですが、終盤はバテバテ(日中の試合はやっぱり暑くて疲れるのかなあ)でしたし。
 イエローカードも多かったです。変なファウルで怪我人が出るよりはいいかもしれませんが、あんまりカード多くてプレーが萎縮しちゃうようになったらツマンナイしなあ。
 それで独のクローゼが退場。このFWはチャンスのところでオフサイドの旗上げられて得点できず、退場で独り欠いた直後にセルビアに先制点取られるという非常に悪い流れを作ってしまいました。
 名前だけきくとむしろセルビアっぽいポドロフスキさん(ドイツ)も、PK外してたし。
 セルビアは第一戦に引き続き要らんハンドでPKのピンチを作りましたが、それはキーパーが止めましたし、第一戦と違って積極的に攻めていたように見えました。
 サッカーはやっぱり、しっかり動き回って攻め込む方が見てて面白いです。