「シャーロックホームズの冒険」2024/12/07 22:03

「シャーロックホームズの冒険」
超有名シリーズの、第一短編集。The Adventures of Sherlock Holmes
収録作品のタイトルも頭に The Adventures of が付くものが多い。多分私が人生で初めて読んだホームズものである(子供向けに易しく書かれたものだったと思う)「まだらの紐」も、本当は「まだらの紐の冒険」だったのか、意味不明だ!
「赤毛組合」や「青いガーネット」など、探偵が犯罪を暴く形をとりつつも、ユーモアたっぷりな作品集です。1991年7月発表の短編第一作からが、ホームズが珍しく出し抜かれるお話ですし。アイリーン・アドラー格好良い。
同一短編集の中に「花嫁失踪事件」と「花婿失踪事件」収録されている!それから、自分の欲のために娘の人生を握りつぶそうとするろくでなしの親!ドイルの家庭観、家族観はずいぶんと悲観的です。それが英国風なのか。
冒険の舞台は英国でありますが、前二作と同様、新大陸やインドも無関係ではありません。みなさま外地から犯罪の種を抱えて帰国するらしい。「オレンジの種五つ」のKKKは、「風と共に去りぬ」でちょっと知っているくらいでしたが、不気味で恐ろしい暗殺集団ってことになっています。
あと、「緋色の研究」では文学系知識ゼロみたいに言われていたけど、なかなかどうして、哲学的な警句を口にする男になっています、ホームズ。

「開幕ベルは華やかに」2024/12/11 21:53

作中「殺す」という発言が頻繁にあり、実際に殺人事件も起こる。しかし、サスペンス要素は、ほんのオマケみたいなものに感じました。
「華岡青洲の妻」で時代小説を題材に女たちの人生と心理を描き出した有吉佐和子、現代小説では怨念に満ちた演劇界を描く。
聴衆を魅了する絶対的天才は、舞台裏で他者の人生を踏みにじり振り回し悪びれることなく生き血をすするような、犠牲の上に立っているのだというお話。
登場人物は多いけれど、大女優の特異な人間性に全部持って行かれます。
芸能の世界の、なんて華やかで、残酷なこと。

「シャーロックホームズの思い出」2024/12/21 22:33

The Memoirs of Sherlock Holms
シリーズの第二短編集。「海軍条約文書事件」がラストの茶目っ気も含めて結構好きです。
ホームズがワトソン博士と出会う前の探偵業初期の事件やの学生時代の様子が描かれたり、兄のマイクロフトが登場したり、物語の世界観が広がってきそうなところで、大犯罪組織の首領・モリアーティとの対決で命を落としてしまう。
人気が出てきたのは良いけど、ドイルはネタに困ってきたのかも知れません。「株式仲買人」は構造が「赤毛連盟」にそっくりですし。
ワトソン医師と大陸旅行(という名の避難行動)に出る前の、教授との水面下の暗闘や網をかけていく過程を長編でつぶさに説明してもらいたいところです。最後の対決だけ描かれて、簡単に名探偵を葬り去られてしまっても、読者は不満でしかありません。
熱心な読者が、著者の創作方針を転換させてしまうことがあるという、実例。

「婚礼、葬礼、その他」2024/12/28 12:07

津村記久子の描く登場人物たちは、お腹の中に飲みこむ。飲み込んだもののほとんどは、周囲に対するやきりれない想い、不満だ。貧乏くじを引きがちな彼女たちは、それでも懸命に周囲からの悪意無き重荷と折り合いをつけ、生きていく。
時折、お腹の中から、言葉にならないものをあふれさせて。
表題作は、旅行の予定と友人の婚礼と上司の父親の葬礼が重なってしまったヨシノを、ユーモラスに描く。今時、同じ会社の身内の葬儀に社員総出で手伝わければならない(それも、休日に)とは、ほとんどパワハラ案件。
もう一遍収録された「冷たい十字路」は、冬の朝の自転車事故を巡る、群像劇。タイトル通りの、冷え冷えとしたお話で。ロクデモナイ人や状況に振り回される、善良で不器用で貧乏くじを引きがちな登場人物たち。
声を大にして叫んだり訴えたりしない。もどかしいけど、ほとんどの人はそんな余裕もパワーも無いのだろう。お腹の中身はただ、冷たく、静かに渦を巻く。