つつじを見に2017/05/05 23:15

駅から徒歩15分と書いていましたが、山に向かって登っていくので結構キツイ。
三室戸寺。西国三十三所の十番なので決して格は低くないのですが平等院に比べればうんと知名度に劣り、その分混んでいなくて。
ハスやアジサイ、紅葉なども楽しめるそうですが、一番の売りはツツジ二万株、なので観に行くなら今。山の斜面にツツジの壁。地形を活かしています。ツツジの通路の真ん中に茶屋が設けられてます。
調子にのって、道なき道をずんずん登っていきました。良い眺め。ざっくりとした木の伐採跡から、きっと予算があればこのあたりもちゃんとした道と展望台作る気なんだろうなあ、と思いました。
……お寺って、観光のための施設ではなかったような気もするのですが、来場者(参拝客ではなく)を楽しませるべくお庭を整えることは避けられないの時代なのか。
出口のお土産売り場で、地元菓子屋の蕨餅を購入、昼食後のデザートに頂いたら大変美味でした。

平等院2017/03/19 12:55

お茶でおなじみ、宇治へ。
面接は午前中で終わり、次の面接まで時間があったので、お昼ご飯に茶蕎麦を頂き、何年振りかで平等院へ行ってきました。割と最近改修があったようで、鳳凰堂の朱も鮮やか、屋根のトリさんも金ぴか。
ご本尊の大日如来に、壁面を舞う雲中菩薩たちの楽しげなこと。
この日は風の強い曇りでしたが、気候が良ければもっと美しかったことでしょう。
栄華を極めた大貴族が、極楽浄土までをも求めた。それは貴族の傲慢なのか、終末への恐れ(死の訪れだけは庶民も金持ちも平等)の裏返しなのか。

東より2014/05/01 00:32

 奈良京都が近所にある関西人の多くにとってなじみ薄い東の古都、鎌倉へ行ってまいりました。初鎌倉。
 丸2日間で、1.5日は鎌倉寺社巡り、0.5日は横浜元町通りとか赤レンガ倉庫とか中華街とかをウロウロしていました。中華街では豚まんを食べました。たくさんお店がある中で、おそらく一番値が張るであろう一個500円。多種類の具材が使われて美味しいのですが、汁が多くて垂れてくるのが難点。それだけでお腹いっぱいになるビッグサイズでした。
 鎌倉は、なんといっても六月がアジサイ・菖蒲が美しいと言われるのですが、今回は四月末。木蓮も藤も盛りを過ぎ、ツツジも今一つ。それでも、「お花観光押し」な鎌倉です。建長寺の牡丹は見事に花盛りでした。シャガ(射干)もあっちこっちで可憐に咲いていました。
 シャガは普通に山中の草むらに薄青く咲く花ですが、鎌倉は山の多い土地。山の斜面に寺社が立つ。メッチャ山登りでした。京都のお寺巡りでは見られない、岸壁を四角くくり抜いた中にお墓をつくる様式がたくさん目につきました。やぐら、と言って、これも平地が少ないが故に、そういう形ができたのだとか。
 鶴岡八幡宮や源氏山のあたりは、修学旅行生や遠足小学生が多かったです。月曜は平日でしたからね。
 大仏の中にも入りました。入ったところで何があるわけでもない狭くて薄暗い空間なのですが(大仏建造の技術的なこととか見ただけで分からんもん)、でもプラス20円で国宝の中入れるなら、と。奈良の大仏よりも小柄で、銅像でピカピカしていないし豪華台座もない青空をバックにした大仏様は、なんとなく気安い感じがしました。
 鎌倉大仏にも昔は大仏殿があったそうですが、大水で流されてしまったそうです。海に近いのも、奈良京都とは異なる趣です。相模湾はキレイでウインドサーフィンがたくさん出ていましたが、残念ながら、富士山は見えませんでした。日差しはあったけど、水平線上の空は白く靄がかかっていて。
 それでも、お天気がもってくれただけ良し、とするべきか。二日目に元町をうろついている頃からパラついてきましたが、傘は使いませんでした。
 食べ物は、蕎麦が美味しかったです。シラス丼も。しかし、生シラスは食べ損ないました。春が旬だっていうのに。鎌倉カスターも、買い忘れてしまった!
 次に行くときは、有名なアジサイの季節か、江の島の方面に行こうかな。

高松城2013/11/07 11:59

 先日瀬戸芸に行った際、帰りのバスまで時間があったので、最後に高松城跡(玉藻公園)の夜間無料開放を覗いてきました。
 城跡なので中は広く、その割に入場者が少なくて、たまに人とすれ違うとちょっとホッとするくらいです。
 菊花展や新作石燈籠の展示もあり(けっこう面白かったです)、小道にはもちろん明かりが燈っているのですが、進入禁止の石が置かれたその先は、人工の光の届かない暗闇が静かな塊となっています。
 幽玄。

「八重の桜」2013/05/26 23:47

 今年の大河ドラマは、思ったよりイイです。
 これまでは、京都が舞台になると大河ドラマ、会津が舞台になると朝の連ドラって感じで、この二元構成が効いていると思います。歴史の大きな流れと、一般の人たちの日々の営みの対比が。
 やがて、その両者が合流する。その運命が徐々に、盛り上がります。
 ただ、その盛り上げ方が、悲壮感に溢れてるんですよねー。最初の頃から「会津やばいよ」って空気に満ち溢れていて。
 で、実際歴史を見れば、まさにその通り。明治時代の始まりは会津の悲惨な状況の幕開けで。ドラマ制作スタッフはホントに真面目に忠実に会津の歴史に向き合っているなあって思うのですが。
 ・・・・会津の人たちは幕末から明治にかけて凄いビンボウクジひいて、平成の世でも福島は原発事故で酷い目に合っているのだと思うと、なんだか、いたたまれないような気持ちになってきます。
 福島応援の意味も込めて、会津出身者を描く大河ドラマにしたのでしょうが・・・・主人公の年表見ると、彼女の本番は京都に移って来てからって感じもします。
よってたかって会津がめった打ちにされる歴史ドラマを、地元の方々は、どのような思いで視聴されているのでしょうか・・・・

「広重と北斎の東海道五十三次と浮世絵名品展」2013/05/13 00:21

 副題に、「歌麿・写楽から幕末バラエティーまで」とあって、結構バラバラですが、メインは歌川広重の最初の東海道もの「東海道五拾三次」全55枚。
 うちから原付で20分くらいの文化ホールでの美術展で、五時を回ってもホタルノヒカリとか流さずにダラダラ見せてくれました。親切。

 広重晩年の「五十三次名所図会」がキレイな遠景・淡泊なのに対し、「五拾三次」の方が近景で書き込みが細かくて、人物がユーモラスです。
 各浮世絵の説明も結構詳しくて、江戸時代の風俗を感じつつ、旅気分でした。

そして東山散策2013/05/04 08:00

 そして東山散策。
 京都国立博物館近くの且座喫茶で蕎麦を食べ、とりあえず目の前の三十三間堂へ。建物と本尊は国宝、合唱隊のように階段状に並んだ重文。たくさんの手と顔を持つ異形の象が一千一体、整然と並んで、数で押してきます。
 国宝の風神雷神、二十八部衆像の前には解説のキャプションがあるのですが、日本語よりも英語解説の方が明らかに情報量多い・・・なんで日本人向けには手抜き?
 前に来た時も思ったのですが、足元が冷えるんですよね。厚手の靴下をはいてくるべきでした。五月なのにちょっと肌寒い日でしたし。
 それから北へ。豊国神社(絵馬がひょうたん型)で国宝の唐門、その隣の方広寺で例の有名な大鐘を見る。秀吉ゆかりの寺社のすぐ近くに、彼の政策の犠牲たる耳塚が祭られています。地味だけど戦国末期の時代の流れを感じさせる場所です。
 三年坂や二年坂の土産物屋を冷やかし、八坂の塔(法観寺)のわきを通り、東山霊山の山麓、鷲峰山・高台寺へ。すでに日が暮れかかっていましたが、時々ライトアップ夜間拝観をやっているところです。中に入るのは今回が初めてだったのですが。
 ライトアップはまだしも、「電飾」はどうなのでしょう?枯山水は水のない所に水を感じさせるものだとばかり思っていたのに、水の代わりに電球を配置するって・・・・ある意味、前衛芸術に近いモノかもしれませんが。
 残照の中の庭園を歩き回り、日が落ちて雰囲気たっぷりの狭い石塀小路に迷い込み、そして、宵闇の中で明々と燈る提灯。
 八坂神社も、いつもさらっと通り過ぎるだけなのですが、今回も提灯で明るい舞殿ばかりが目立って(それはそれで、雰囲気はあるのですが)、重文の本殿や石鳥居なんかはあんまりはっきりしません。
 なじみの薄いところは、ちゃんと日中に観て回る方が良かったなあ。
 京阪四条近くのニシン蕎麦屋でニシン定食を食べて、帰宅したのは十時過ぎ。丸一日、京都でした。

特別展「狩野山楽・山雪」2013/05/04 07:58

 四連休の初日。東山七条の京都国立博物館の特別展を観に行ってきました。
 ダイナミックで且つ繊細。離れて見るとイキイキとした勢いを感じ、でも近くで見ると結構写実的で細部まで凝っています。
 日本画にはおなじみの龍虎のモチーフ。しかし何故か、龍と対峙する虎の横に「豹」がいるのになんか笑っちゃう。豹柄はメスの虎と思われていたようです。女連れだったのです。
 それでも山楽の龍虎図はちゃんと、緊迫感のある対決姿勢を保っています。しかしその弟子・山雪の龍虎図は、なんかやる気のなさが全開でした。荒々しい波間から姿を現す龍の鱗の堅そうな感じ、虎の毛並みの一本一本まで描いた柔らかさとか凄いんですが、渋々向き合ってる感です。戦乱の時代が遠ざかり、平和になったってことなんでしょうか!?
 特に気に入ったのは山雪の長恨歌絵巻(すっごい描写が細かい)と四季花鳥図屏風(賑やかで楽しげ)。歴史の知識や鳥や花の名前が分かればもっと楽しめるのでしょうが。
 ミュージアムショップやお庭の散策(博物館の建物自体もステキなんですが、建て替え工事のためちょっと工事現場風)も含めると、三時間半くらいをそこで費やしてしまいました。

「風神秘抄」2012/07/18 22:23

 毎週、スゴク面白く大河ドラマ視聴してるんですが、視聴率は記録的に低迷してるそうです。
 不人気の理由として、「分かりにくさ」があるそうです。
 清盛が頼朝くんを死罪にせず伊豆に流したエピソード、今後の歴史の因果を思えば大変にドラマチックな決断だったのですが、その理由を通説のように「殺すべきなんだけどお母ちゃんが同情して助けてあげてって言うから」とは、しませんでした。死んだ源義朝への思い(怒りや悲しみ、無念)から、清盛は頼朝を殺したくなかった。色々解釈の余地が生じるようなドラマになっていました。
私なんかは、そういうとこに奥深さを感じたりもするんですが。
 分かりやすければなんでもイイってわけでもないですよね。最近思ったところでは「国民の生活が第一」なんて、日本語の意味は明快ですが……
 ただし、分かりにくいことっていうのは、表現の仕方に注意と工夫が必要なのは確かだと思う。

 
 源氏の御曹司にお仕えしていたはずが、カラスの御曹司と行動することになってしまった武家の少年・草十郎。
 主人公の草十郎君が影のある性格なんですが、カラスの方は動物特有の合理的なカラッとした明るさで、しかも事情通で戦の内情なども説明してくれるのがとっても親切。
 以前ラジオドラマで聴いたことがあるのでだいたい内容は知っていたのですが、原作を読んだほうが、主人公たちの心情がよく分かりました。なんでさほど深い付き合いでもない源義平のことをそんなにも慕うのかと思っていましたが、一人で笛を吹くのが好きな変わり者で、孤独な草十郎君にとって、義平はほとんど唯一心をゆるした相手だったのですね。確かに、すぐに死んじゃったけど義平はたいへん格好良いキャラでした。
 草十郎の笛には不思議な力があって、同じく特殊な舞を舞う少女と色々奇跡を起こすのですが。
 ラジオドラマでもそうでしたが、その力を後白河帝に目を付けられたあたりから、なんか話が暗く、つまんなくなってしまいます。
 歌舞音曲によって、義平たちの鎮魂や、頼朝の死の運命を変えるくらいなら、納得できます。すぐれた芸術は人の魂を揺すぶりますから、それによって変えられることもあるでしょう。
 でも、後白河さんの寿命を延ばす、っていうのは、やりすぎでついていけない感じがしました。長寿祈願の舞がホントに効力を持っていて、しかもその対象が世の権力者ならば、確かに未来社会を変える力ですが。
 その奇跡を起こすもう一方の、舞の娘さんが、また、なんというか、あんまり好きじゃないタイプで。間違ったことを言うわけじゃないけど、感情のままに動いて、でも周りから恨まれずに異様にチヤホヤ持ち上げられているのも不可思議で。
 強大な異能の持ち主っていうのは、説得力を持たせるのが難しいのだなあ。

「黄蝶舞う」2012/05/26 10:21

 作者の浅倉卓弥氏は、第一回の「このミス」大賞受賞者なんですが、本書はミステリではなく、頼朝からの源氏三代の衰退を描いた短編集です。
 律儀で論理的な性格なのか、実際の資料で読み取れることを提示したうえで「こういう解釈、こういう想像もできるね」って書き方で、歴史小説っていうのはそういう資料の隙間を想像で埋めることによってできるのだなって思いました。しかし、「ひょっとしたら」「あるいは………だったのかもしれない」てなフレーズが多くてちょっとうるさくもありました。歴史小説が「仮説」であることぐらいわかりますって。
 ただし、純粋な歴史ものってわけではなく、怪しげな呪術やら魑魅魍魎がうようよ出てきて、けっこう幻想的、とも言えます。この時代はまだ、そんな霊的なモノの庇護を受けたり呪われたりした世界だったのですね。と、わりとすんなり納得できるのは、平家物語の影響力でしょうか。
 大河ドラマでようやく活躍し始めた平清盛さんは、頼朝さんの回想と怨霊化した姿でしか登場しません。
 それと、読む順番を間違えたな、と思いました。治承寿永の乱を描く「君の名残を」を先に読むべきでした。登場人物が……
 作品構成は、頼朝の長女・大姫が二十歳そこそこでお亡くなりになる「空蝉」からスタート。小学校低学年くらいの年に許嫁だった相手をソコまで熱愛できるもんなのか?とも思うのですが、そこは、創作の妄想が膨らむところなんでしょうね。幼いからこそ純粋だったのかもしれません。
 次いで、「されこうべ」で頼朝さん落馬。大河ドラマで「友切」って呼ばれてた太刀が作中では「髭切」になっていたのですが。
 それから「双樹」で頼朝の長男・頼家さんが将軍職から追いやられて謀殺され、
 その弟、和歌で有名な三代将軍実朝さんの、なんか痛ましいほど虚しさいっぱいな生涯を「黄蝶舞う」で描き、
 頼家さんの息子さん・公暁君が「悲鬼の娘」でクーデターへの道を進んでいきます。この話だけは、直接怨霊の姿は出てきませんが、物の怪じみた人間は、出てきます。
 皆さん大変に不幸な運命を背負って(頼朝さんは自業自得な気もしますが)、一気に読むとちょっと欝な感じです。源氏の栄華がたった三代で潰えたのは怨霊のためっていうより北条氏が原因って気もしますが、源平の争いが収まって幕府ができても、御家人同士の争いなんかが絶えず、なかなか平和な世の中にはならなかったのです。
 浮かばれぬ魂が集まっているところ。……鎌倉という土地が、なんか怖くなってきます。