「坊ちゃん」2016/09/20 17:40

夏目漱石没後百年記念で。子供のころ読んで何が面白いのかさっぱり分からなかった作品に再チャレンジです。
何故かつて、面白く感じられなかったのか。
男の愚痴? 不平不満が並べ立てられます。松山へ数学教師として赴任したぼっちゃん、なんだかんだと江戸と引き比べて田舎田舎とバカにする。不浄の地!扱いです。……漱石先生、よほど松山で嫌な思いをしてきたのでしょうか?
冒頭の、親譲りの無鉄砲で子供のころから損ばかりしてきたって有名な書き出しも、無鉄砲も損ばかりなのも親のせいだと言わんばかりに思えてきます。そして、やたらと子供のころから可愛がってくれた老いた下女のことを引き合いに出してくるのも、なんかマザコンっぽい。
イタイ人です。うらなり君に同情したり山嵐と仲直りするあたりから、多少印象も変わってくるのですが。
独自の価値観を持って、それに反することは受け入れがたい。イイ歳して世間知の低い、坊ちゃんのままでいる主人公。
欺瞞に満ちた世間に喧嘩を売る姿は、多分、漱石先生がやりたかった、でも出来なかったこと。憧れなのでしょう。

「あおい」2016/07/26 23:20

表題作の「あおい」他二篇の短編ですが、短編の方が好きかもしれません。
出会ったその日に、友達の好きな男の子を取ってしまったり、バイト先のスナックのママさんにイジワル言ったり、何となく始めようとしたペンションバイトからいきなり脱走したり。
西加奈子のデビュー作は、やること無茶苦茶なヒロインで、好きになれないっていうかお友達にはなれないタイプ。
でも前に読んだ「さくら」よりは、納得はできます。いるよなあ、こういう不安定な情緒にしたがって生きているタイプ。
しかし、もやもやと、行き場を失った感情の流れ、閉塞感。そこから、洪水のように一気に流れていく、その勢いの描写は素晴らしいと思います。

「さくら」2016/07/13 00:58

まったく偶然ですが、先日母校がちらっと映った映画を見に行った時、ちょうど母校出身の作家による小説を読んでいました。初めて読んだ西加奈子は、出世作の「さくら」。
会話は関西弁。でもモノローグが標準語なのにちょっと引いてしまう。若い男の子の一人称で独特の比喩表現があり、村上春樹を連想する。
プロローグでは息子と父親の物語後思ったら、すぐに長男誕生にまで時間がさかのぼる。仲良し兄弟、仲良し一家の物語になって行く。語りが過去になってから、読みやすくなる。
しかし、登場人物たちに、何故か全然感情移入できない。ワルイ人たちじゃないけど(だからか?)テンションについて行けない。夢中になるほど妹大好きな兄貴とか、ヤンデレ級に兄ちゃん大好きな妹とか、ライトノベルにしかいないものだと思っていました。
そんな中で、犬のさくらちゃんは、癒し。慎ましく可愛らしく、ステキすぎる。
仲良し長谷川一家の歴史と、一家の崩壊と、再生。
おしまいが怒涛の勢いで、押し切られてしまう感じ。超有名曲の歌詞まで出てきたら、愛でいっぱいになるに決まっているのです。

「お父さんのバックドロップ」2016/03/15 00:22

最近読んだモモちゃんシリーズが娘とお母さんの物語だったので、今度はお父さんモノを、と。中島らもも、まともに読むのはたぶん初めてです。
軽い文体でスラスラ読める短編4本。売れない落語家や珍しいペット(伊勢海老とか)を競い合うとか、楽しくもハタメイワクなヘンテコお父さんのコメディなんですが、表題作である一本目のプロレスラー父さんの話だけが意気込みというか熱意がビシビシきて、その後の三本がなんだか拍子抜けに感じられてしまいました。
ベタでも、父と子の対峙、子供の前で戦う姿を見せる父親って、熱い。

「ぐるりのこと」2015/09/16 00:47

同名の映画がありますがそれとはまるで無関係。
コンサートの時間待ちのために軽めの読み物を、と思って図書館で手に取った梨木香歩のエッセイ。
しかし、軽くなんかなかった。児童書畑の女性作家のエッセイなので、身の回りの由無しごとを徒然語ってくれるのかとなんとなく思っていたのですが、もっと深い。重い。哲学的。
彼女のいう「ぐるりのこと」とは、個人的なエピソードから社会的事件にまで重層的に広がる。個人と集団、我と世界の関係性。女性作家のエッセイだけど、男性の方に読んでもらいたい。漱石の「私の個人主義」と合わせて読んでも面白そうです。
ひとつ、エピソードを挙げると。
旅行中の大学生が広島の折鶴14万羽を燃やした(アホ!)事件。彼の属する大学の学生たちが広島に送る鶴を折り始めたとの報道に、筆者も鶴を折り始める。全国から送られた折鶴は、わずか数日で30万羽となる……
人の世の有り様を嘆きつつ、世界と自分との双方向の関わりを感じる。
鋼錬で言う所の「自分は世界、世界は自分」ってやつだと思いました。

「小さいおうち」2015/06/13 09:32

やったよ!戦争が始まったよ!日本がハワイの軍港へ、決死の大空襲だよ!

中島京子の直木賞受賞作。
山田監督の映画版も素敵でした。内容はほぼ原作通り。
映画の方がメロドラマ色が強く、昭和レトロな美術、お着物が華やか。
原作小説は百合色の方が強くて、そして女中のタキちゃんの家事能力の高さが光ります。タキちゃんの料理本とか出てないんだろうか?
大好きな奥様を中心にしたホームドラマが物語の縦軸でありますが、戦前戦中の庶民史が横糸として描かれ、映画の映像と合わせて一つの「昭和資料」と見てもいいんじゃないかと思えてきます。
そのくらい、時代の空気がイキイキしている。楽しげで景気良さげでいたかと思ったら、いつの間にかキリキリした状況をすんなり受け入れてしまっていることを、一人の人間の実感として描かれていて。
最後の方に描かれた挿話が象徴的。絶望的に方向音痴なタケルくんが、しまいに手足を失って、なおも行ってはならない方向へ転がっていく・・・・・・
失われてしまったもの。愛しかった日々。苦い思いも含めて、とても味わい深い作品でした。

「それから」2014/09/14 23:16

 主人公はアラサーのニート。それも、「生活費のために働くなんて下劣なことであってそんなことはしない方がよいのだ」とか屁理屈こねる、ニートの中でも性質の悪い部類であるインテリ系なのでした。
 親が財産持ちなので毎月実家へ行って生活費を受け取っていて、家族からブラブラしていることを咎められても縁談を持ちかけられてもノラクラと応対する。
 しかし、数年ぶりに再開した友人が、仕事を失くして負債を抱えていると聞いても、ニート主人公にはまとまった金銭を用立てることはできません。それでも、友人のためにではなくその奥さんである三千代さんにイイトコ見せたくて、主人公は兄嫁の梅子さんにお金を都合してもらえるように頼みます。
 その時の梅子さんの御返事が「いったいいつ返してくれるっていうんですか」「普段偉そうなことを言っていてもこういう時には頭を下げるしかない」・・・・いいぞ梅子さん、もっと言ってやれ、梅子さん。
 漱石の小説の主人公って、ウジウジしたダメ男ばっかりなのですが、彼はとびぬけてショボイ。鋭すぎる故に、って書かれ方ですが、要するに頼りない男です。
 話はやがて、
今のユルユル生活を維持するために親の薦める縁談(金持ちの娘さん)に乗るか、
生活費供給や社会的信頼を失くしても愛のままにワガママに僕は君だけを略奪愛か、
の選択を迫られることになってきます。「働きたくない(働けない)」「でも三千代さんとの愛は大事」いろんなことをイチイチこむずかしく理屈をつけるのですが、そこを柔らかく翻訳しながら読んでいくと、結構笑えます。

「門」2014/07/26 16:51

 宗助・お米はラブラブ夫婦なのですが、実は宗助が友人の奥さんを奪っちゃったという略奪婚で、二人のつましい生活の中には後ろめたさの影が付き纏います。
 あるとき、思い悩んだ宗助はなにがしかの悟りを求めて禅寺の門をくぐります。
 この寺が、今年のGWに行った鎌倉の円覚寺をモデルにしているということで、学生時代に読んだ「門」をもう一遍読み直してみようか、と思ったわけです。
 しばらく禅寺に滞在したものの宗助にとって禅の修行も問答も気まずい苦痛でしかなくなんの意味も見いだせす、自分のダメダメ感が改めて浮き彫りにされてしまったようなものでした。
 彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。
 そんな感じの、どっちつかずな男のショボサを描く(??)作品なのですが、しかし私が印象的に思ったのは
お金がない
お話だという点でした。雅な王朝文学とも激しく剛毅な武家文化とも静謐な侘び寂びの境地とも全く次元が異なって、明治の文学はとっても現実的生活感あふれる「疲れ」の境地なんやなあ。
 日曜の夕刻になると「また明日から一週間働かなければならいのか」と思って憂鬱になるとこなんて、明治も現代と変わりませんね。
 巻末の解説文を読んでいても、「漱石さん、小説なんか書く気分じゃなかったのに原稿料のために渋々ペンをとっていたのだなあ」としか思えませんでした。

 愛おしい幸福を得る代わりに、不安と苦しみも背負わなければならない。

「クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い」2014/01/09 15:08

「たいへん有名な作家さんでありながら一作もまともに読んだことないのに挑戦してみよう」シリーズ、今度は西尾維新。2002年メフィスト賞受賞の、デビュー作です。
 漫画とコラボしたり作品がアニメなったりと精力的なお仕事をされている方でありますが、随分昔に、最初の2ページ程を読んで書棚に戻してしまった本書を、再チャレンジしてみました。
 漫画やなあ。
 最近のラノベって、みんなこんな感じなんでしょうか。世界観がSFとかオカルトとかいうのは昔からありましたが、本書の場合世界観は普通で、登場人物の設定と人間性がいちいち飛びぬけて極端。「人間」ではなく「キャラ」を描いているなあ、と思いました。
 殺人事件が発生してからは、普通にミステリとしてすいすい読んでいきました。
 肝心の謎解きが「キャラ設定の特異性」が肝になっていて要するに「そんなん普通の人間ではありえないですね」っていうのは反則な気もするんですが、もう、そういう作品なのだと納得するしかないのでしょう。

「李陵・山月記 弟子・名人伝」2011/01/23 19:34

 李徴はどうして虎になってしまったのでしょうね。彼の中の「尊大な羞恥心」が虎だったのだ、ということですが、でも虎って、そんなこと考えながら生きてるんでしょうか。羞恥心だの自尊心だのいうのは大脳の膨らんだ猿の一族に特有のものだと思うのですよ。ある意味、李徴は完全に虎になってしまって初めて、それらの性情から脱することができるのではないでしょうか。それと同時に、夢や家族や友人も失ってしまうわけですが。

 学生の頃古本屋で購入した角川文庫は、作者年譜や解説が豊富で、参考文として中国古典も書き下し文で掲載していてお得感があります。ちなみに「人虎伝」によれば、李徴は人だった頃放火殺人をやったと告白しています。こちらの方が虎っぽい。

 「山月記」以外では、
「李陵」
 ご存知、李陵が可哀想すぎるお話。どんな苦難の中でも匈奴に屈せず武帝の死に涙する蘇武は、儒教的君臣論では申し分ない立派な人なのかもしれません。しかし親近感が持てるというか、共感できるのは李陵のほうですよ。
 ただし、もう一人の主人公・司馬遷が「身を全うし妻子を保んずること」をのみ考える者を批判していることからも、己の都合ばかりで大儀のない行いは人としてダメだってことなんでしょうね。理屈は分かるのですが。人間らしくって、如何に?
「弟子」
 まっすぐすぎる<大きな子供>な子路。なんだかんだ言って現実主義な孔子との対比が面白い。というかこの話では、己の保身より正道を行くことを選ぶ子路のほうが好感もてるんですよねえ。
「名人伝」
 ありえない系の落語のような。弓の道を極めようとした男が、極端な修行の果てにありえない境地に行き着くこと。この話にしろ、蘇武や司馬遷にしろ、立派な人ほどドコか変な感じ。
「悟浄出世」
 かの「西遊記」主要メンバーの中で最も影の薄い彼は、三蔵の弟子になる前はかなりウツ気味な妖怪。<自己および世界の究極の意味>などというたいそうなモノを知るために妖怪世界の哲学者たちを何人も何人も訪ねてゆき、それぞれのテンでバラバラな思想を聞いて返ってわけ分からなくなり・・・・・最終的には「考えるより、動け!」ってことで。
「悟浄驚異-沙門悟浄の手記-」
 思索家・悟浄による西遊記メンバーのキャラクター紹介。それぞれの良いも悪いもよくよく考察した上でいずれもただならぬ人物であると評価するのですが、そういう悟浄自身もなかなかステキな人だと思う。