「蒲生邸事件」2025/05/29 00:11

宮部みゆきの、日本SF大賞受賞作。有名作品ですが、その昔、初めの方だけちょっと読んでそれきりになってしまった(主人公がうっすら卑屈で、展開がゆっくりだったのが合わなかったのか)のを、時空を超えて再挑戦。
複雑な様相の二・二六事件、そんな時代にタイムスリップして、美人女中に好意を持ち、さらに元軍人のお屋敷内でも事件が発生する。何故に。それを問う謎解き。
どこか自己否定的なのは主人公だけでなく、蒲生邸の兄妹も裕福な家庭に生まれていながら自分の価値に自信が持てない。
そして、時間旅行の能力者もまた、時代の流れを知りながら変えられぬ無力感を抱いている。
アニメ映画の「時を駆ける少女」は自分のささやかで個人的な都合のためにどんどん時間遡りを行っていましたが、宮部みゆきは、そういう超常的力をあまり肯定的には捕らえない。
地に足着けて、目の前にある「今」に立ち向かう姿にこそ人間の価値を認めています。

「クロスファイア」2025/02/17 22:34

宮部みゆきのSFサスペンス、以前読んだ中編小説の続編で、「必殺仕事人」と「デス・ノート」を合わせたよう。法で正当に裁けぬ悪人を、超能力で焼き尽くす。
お話の前半は、念力放火能力者のヒロイン・青木淳子が凶悪犯罪者を追う展開。そこから徐々に、追う者は追われる者になっていく。
作中、痛ましい事件と凶悪な人間と被害者の悲嘆描かれ、そんな悪を葬り去ることは「必要悪」とも言われます。
その一方で、自らを「装填された銃」と見なし、殺人を重ねる超能力者の圧倒的なパワーと孤独があります。
暗く沈みこみそうな物語の中で、事件を追う女性刑事のまっすぐな陽性が心のオアシス。
どうしても許せないことは、たくさんある。
だからこそ、それ以外のことは、なるべく柔らかく受け止めなければ。
人生も幸福も、燃えて灰になってしまう。

「授乳」2024/02/24 16:34

芥川賞を受賞した「コンビニ人間」で一世を風靡した村田沙耶香のデビュー作と、「コイビト」「御伽の部屋」の計三編を収めた、講談社文庫。
三つとも若い女性が主人公。表向きは大きな問題は無いような顔で、しかし内実は、人間世界から透明な膜で隔てられたように生きている。彼女たちの魂が生きているのは、自身で作り上げた仮想世界で、具体的には、家庭教師との授乳ごっこや、ぬいぐるみや、同年代の男との演技空間です。
芥川賞受賞作と、基本は同じ。あれは、主人公にもっと年齢を重ねさせ、誰もがおなじみのコンビニというシステムを仮想世界の装置として設定したのが強烈でした。
コンビニ人間よりも若いヒロインたちは、コンビニよりも頼りない世界で息をする。
時折、現実の、まっとうな感覚に脅かされながら。
彼女たちに、安住の地はあるのか。

「あやし」2023/12/10 21:41

今年は、宮部みゆき作品を結構読んでいました。読みやすくて面白くて、電車読書にちょうど良いエンタメ小説なのです。
2003年の角川文庫、お江戸の奇談小説集九編も、一日一話のペースで読んでいました。
辛いこと面白くないことがあっても辛抱して、誠心誠意尽くしまっとうに働く。それこそが肝要であると作中で語られています。
辛抱できなかったり、何かに心を囚われたりして、道を逸れてしまったところに、魔が宿る。
「影牢」が特に怖かったです。人の悪意、残酷さが際立つ。
世に潜む魔の気配。恐ろしい怪異でありながら、人の業としての暗い親和性がある。
それに囚われる者、そっと距離を置く者、寄り添う者、力強く立ち向かう者。
人それぞれのやり方で、「あやし」に対応していく物語。

「心とろかすような マサの事件簿」2023/10/18 22:59

どちらかと言えば、犬派です。
格好良いジャーマンシェパードが、探偵・加代ちゃんの相棒として事件を追う短編集。創元推理文庫、宮部みゆきの初期作品で、携帯電話が影も形もない時代。
しかし、いつの時代でも、古びることない、心の隙間。そこにつけ込む、もしくはそこから生まれる、人の悪意が、聡明で情に篤い元警察犬の目線で描かれます。とくに、短編集に書き下ろされた一編が、切ない。
さすがの面白さ、前作の、パーフェクト・ブルーも読んでみたい。

「おそろし 三島屋変調百物語事始」2023/04/22 23:08

続編の、くろすけの表紙絵が、可愛い。
宮部みゆきの、このシリーズ、自分は聞き手が変わったところから読み始めたのですが、若いおちかさんが聞き手を務めたのが発端。まっとうに生きてきた善人たちの、内に秘めた暗い影が語られる。
語られてきた怪異が、ラストの第五話できれいにまとめられ、おちかさんの人間への恐れと後悔も拭われて、めでたし、めでたし。シリーズものにする必要ないじゃないかとも思えましたが、作者の好み・創作意欲にばっちりハマった形態なのでしょう
舞台が江戸時代なのも良いです。基本が怪談なので、暗く悲しいエピソードなのですが、お着物描写の華やかさ、商人たちの言葉遣いの丁寧さ、礼儀正しさがいいなあ。ちょっと見習いたい。

「小暮写真館」2023/03/18 18:30

講談社100周年記念書き下ろし、とたいそうな名札がつき(自分が呼んだのは2013年の文庫版)、ボリュームはあるのですが、宮部みゆきにしては結構ライトな印象。社会の闇を鋭く突くとか、巨悪に立ち向かうとか、身の毛もよだつ怪異とか、ではありません。主人公の高校生男子の半一人称的な語りも、軽妙で。
幽霊が出る写真館に、心霊写真、というのも、ほんの小道具というか、背景にすぎない。
全四話形式の作中で描かれるのは、古い写真館に移り住んだ主人公の生活と、ごく普通の人々の、普通の生活の中で生じる、個人的な苦しみ。
戦争のこととか、夫の実家になじめないとか、恋人に対して顔向けできなくなったとか、幼い子供を病死させてしまった一家とか。
抱えた苦しみを打ち明けることで、厄落とし、みたいな感じになるのは、筆者の三島屋百物語シリーズに通じる気がします。主人公のエイイチ君は怪異の謎を追う形で、聞き役を務めるのですが、終盤に言いたいことをぶちまけます。
人には、言えないことがある。にもかかわらず、語りたい。誰かに聞いてもらいたい。あるいは、何らかの形で意思表示したい、気づいてもらいたい。
それが、次への後押しになる。

「魔術はささやく」2023/01/15 22:25

宮部みゆきの出世作、日本サスペンス大賞。
前半は「火車」のような社会派でいくのかと思ったら、後半はSFみたいになって、ミステリとしては中途半端な気はします。
それでも、ちゃんと面白く読めました。各登場人物たちに説得力があり、軽妙な会話で飽きさせない。主人公の守くんは深刻な生い立ちですが、力になってくれる大人や友人がいて、変にねじ曲がることなく育ってくれました。
しかし、彼はそれだけの少年ではない。高校のいじめっ子に激怒して、逆に相手を精神的に支配することに成功する。
そこに鍵穴があり、それに合う鍵を用意すれば、中身は第三者の手の上に容易に転がされる。魔法の鍵は、取り扱い注意。それなのに、簡単に使ったり、使われたりするのです。
人の意識の底にある、欲望や不安を開く、魔術。クリスティーのポワロものにも、人を操るたぐいの事件がありました。
世界中で、人は、さまざまな形で魔術にかかり、自分では止まれぬダンスを踊るのでしょう。

「鳩笛草」2022/01/23 21:57

表題作の他に、「燔祭」「朽ちてゆくまで」2編収録。光文社文庫プレミアムって要するに、新装版ってことでしょう。
予知能力、発火能力、他者の心を読む。宮部みゆきのエスパー物。主人公が特殊能力持ちって昨今のエンタメ作品では珍しくもないのですが、物語の巧みさで、とても面白く読ませてくる。前世紀の作品で昭和の香りにちょっと笑っちゃうけど、古臭い感じでもなく。
しかし、ストーリーは、愉快でも痛快でも面白おかしくもないのですね。3人のヒロインはそれぞれ、どこか孤独の影が付いてくる、マイノリティー扱い。事件の真相を追う形式であるけれど、核となるのは彼女たちの苦悩なのだから。
特殊能力で大活躍する話が世に溢れるからこそ、この切り口が逆に新鮮。

「女のいない男たち」2021/10/23 12:13

先月観た映画の原作本。原作っていうか、原案っていうほうが近い気がします。多言語とか手話とか特徴的な要素は、脚本オリジナルだった。それでいて、元ネタ小説のニュアンスはどこか、残っている気がします。物語を生きる、演じる、その中からの生まれ出る本質的な言葉。
まあ、そもそも村上春樹作品は、解釈の幅が広いものですからねえ。
巻末の描き下ろし作品がこの短編集の表題作であり一番短かったので、それを先に読んだのですが、これが、独特のメタファーに彩られて具体性がとぼしく、つまり私の苦手な読みにくさなのです。
ところが、他の5編は、普通すぎるくらい普通に明確な物語。どうやら、私は読む順番を間違えたようです。女に去られた5人の男たちが抱える、空虚感。それを5つ積み重ねた後、抽象的な世界観へ入っていくべきでした。