「彼岸花が咲く島」2022/03/02 00:04

謎の彼岸花が年中咲き狂う、沖縄っぽい島に、記憶の無い白ワンピースの少女が流れ着く。
最初の2、3行で「これはラノベっぽい」と分かる文章・文体。著者・李琴峰さんのインタビュー記事によれば、典型的なアニメやポケモンからの日本語入門者だ。
芥川賞同時受賞した「貝に続く場所にて」とは実に対照的な作風で、でも、「境界線を無くす」イメージは共通する。
島で使用される言語は、中国語と日本語が混じりあったような「ニホン語」で、記憶喪失のヒロインが話すのは和語に時々英単語が混じる「ひのもとことば」。最初は読みにくい、でもだんだん馴染んでくる。
まったくの偶然でしょうが、ビッグタイトル期待で最近話題の映画「ドライブ・マイ・カー」も異言語交流が特徴的でした。流暢な日本語ならば通じ合えるってワケではないのだ。
登場人物たちの心情に、思想に、境遇に、思いを寄せることができれば、なじみのないごちゃ混ぜ言葉の会話も、それほど読む障害にはならないのだから。
やろうと思えばいくらでも欠点を挙げられる、寓話的作品。でも、少年少女たちの暮らしの営みや、交流が、清々しくてかわいらしい。

「華氏451℃」2021/10/03 21:45

FAHRENHEIT 451
それは、本が自然発火する温度。1953年レイ・ブラッドベリ作の幻想的SF小説は、文章がフワフワと詩的で非常に読みづらかったのですが、「色と光と駄弁の放送局」っていう表現はちょっと笑ってしまった。
愚にもつかないTVとラジオが人々を取り巻く世界では、書物の所持が禁じられている。主人公・モンタークは焚書官でありながら、そんな社会に疑問を抱き、徐々に言動が不穏で支離滅裂になっていく。だいぶ病んでいるとしか思えない。
面白いのは、彼の上司が、本を焼く仕事しているくせにたいそうな読書家なこと。この人が理路整然と、本=知性を得ることの有害性を説いてくる。そんなものは人々を苦しめるばかりだという、これって反知性主義ってやつでしょうか。
楽しく中身のないTVに夢中になっていても、主人公の奥さんは大量の睡眠薬を飲む。
そして戦火に呑まれる。
破壊する火から、温める火へ。
それだけで、本には有益性があるはず。

「恋文」2018/12/11 00:17

放送中の連城三紀彦原作のドラマは、ヒロインの言い分が支離滅裂で展開も都合よすぎて(貧乏くさいお客さんに親切にしたら有名なアーティストでしたって、古すぎないか!?)、初回に感じたドロドロ感が生ぬるくなってしまって残念。
でも、そもそもこの作者はミステリー風味の人情話が本分だったのかなあ。
と、短編集「恋文」を読み返して思う。登場人物の心の機微を巧みにすくい上げ、難しすぎず軽すぎず、間違いなく面白い5編の物語。
なんだけど、皆さん心根がキレイキレイで、「愛する人のために己のエゴをグッと抑える、それこそが愛!」という価値観が物語の根底にある。
それは正しくその通りなんだけど、それが5つ連続でこられるとなんだか物足りなく感じてしまう私はひねくれてるのかなあ。

「西部戦線異状なし」2014/06/07 09:54

 Im Westen niehts Neues
 今年はWWⅠ勃発百周年、ということで、レマルクによる超有名戦場小説。ドイツ小説にしては比較的すっきりした文章でしたが、図書館で借りたのがエラク版が古くって、訳がイマイチだったのが残念。
 最初はちょっと、ラノベっぽく感じました。二十歳前後の男の子による一人称で、趣味で詩や戯曲を書くような普通の文系学生だったのが、なりゆきで志願兵となり、戦場へ。過酷な体験によって価値観人生観は異様な何かに塗りつぶされ、戦闘時には嵐のように突撃し、非戦闘時には部隊の仲間たちとバカ話して、戦友の死に立ち会ったりする。
 それだけなら、漫画やアニメなんかでも無数に描かれてきた展開なのですが、大きく異なるのは、主人公が将校でもパイロットでもないごく普通の一兵卒であること。巨大ロボットを操ったり、目覚ましい活躍で味方を勝利に導くようなことはなく、戦況の全体像は分からないまま、しかし確実にプロイセンは苦しくなっていきます。
 塹壕、大砲、シャベル(近接戦最強の武器)。
 タンク、戦闘機、毒ガス。
 餓えと、疫痢と、戦友たちとの絆。
 休暇で帰郷した際に直面する、家族の苦しみと社会の楽観。
 いち兵士の肌で感じた、戦争の実態です。

「朝びらき丸 東の海へ」2011/03/05 16:57

 言わずと知れた超有名ファンタジーですが、原作も映画も第一作しか知らなくて、しかしこの間TVで映画の第二作を放送していたので観てみました。やっぱりファンタジーワールドすごいなあ、映画三作目も、ちゃんと3Dで観るべきか、どうしようか……
 とりあえず、原作の方を読んでみました。
 人間の子供達がナルニア世界にやってきて冒険するのですが、今回は、敵大ボスと派手に戦って勝利して大団円、ではありませんでした。船に乗って、行く先々の島で不思議なことに出くわしていく「ワンピース方式」です。
 だからイマイチ盛り上がらないというか、ラストはファンタジーというより幻想小説っぽかったです。
 ストーリー的には、捻くれ者のユースチスがドラゴンになって改心するあたりがクライマックスに思えるのですが、その時点で全体の三分の一あたり。そこから先は長く感じました。
「丸い世界には、とくにわくわくするようなことは、一つもありはしませんよ」
 摩訶不思議なナルニアに比べれば、子供達がやってきた人間世界はつまらないものに見えてしまいます。しかし、元の世界に帰っても、子供達はアスランに出会うことができると言われます。
 善良と正義の力の化身のようなこのライオンさんは、この航海で幾度も形を変えて現れ、みんなを助けてくれました。あんまりしょっちゅう出てきてくれるてもなんか有難味が薄れてきちゃうのですが。
 伝説的で偉大な存在が、でも実は案外と近くにいるんですよってことなんでしょうね。

「宮廷画家ゴヤ 荒ぶる魂のさけび」2010/11/14 16:14

 作者はドイツ生まれの米国亡命ユダヤ人、リオン・フォイヒトヴァンガー。
 562ページもある読みごたえのある小説で、ゴヤが宰相ドゴイに近付くあたりから、『ロス・カプリチョス』の原版を王家に贈り、『巨人』の着想を得るところまでを描いています。巻末の年表を参照すると、事件や作品制作の順番が食い違うところも見られますがまあ、そこは「歴史書」じゃなくて「小説」ですから、盛り上がりさえすればあんまり気にしない。
もう少し長く、せめてフランス軍に攻め込まれたりドゴイが逮捕されたり『戦争の惨禍』を製作するあたりまでやってほしかったですが、まだ、そこまで混乱していなかった、古くからの迷信や俗習が残っていた時代のスペイン。仏革命の影響を受けた進歩主義と教会と王家を絶対視する保守主義とのせめぎ合いが本書の大きな筋となっています。
 登場人物一覧が欲しかったですね、みんな個性的です。たとえばマリア・ルイーサ王妃とアルバ女公爵との女の戦いとか、ゴヤと同様低い身分からのし上がったドゴイが政争と女関係に腐心している(そしてスペイン国政はダメになっていくんですね)とことか、激しくケンカしながらも互いを認め合うゴヤと助手のアウグスチンとの関係とか、見所です。
 最初のうちは、大勢いる登場人物が私の中で整理し切れなかったし、主役のゴヤがなんか乱暴で偏屈な怒りっぽいおっさんに思えて、あんまり面白く思えなかったのですが。
 本書の副題にあるとおり、激しく情熱的な国民性について丹念に語っています。冒頭にから、スペイン人はドン・キホーテを滑稽だと笑いながら、しかし古い騎士道精神を称えるとあります。英雄を好み、人を愛し、陽気で喧嘩っ早くて、颯爽と格好つける。マホとマハ、本書では「伊達男」「伊達女」とも表記される、熱いスペインの庶民たち。
 農夫の息子であるゴヤもそんなマホの一人であり、同時にエレガントで陰謀渦巻く宮廷にも属す。古き良き保守主義の魅力と欠点を持ち、芸術面では進歩的な業績を残した宮廷画家の、やたらと浮き沈みする魂のさけび。