「おいしいごはんが食べられますように」2023/06/03 22:45

最初から結末の話ですが、ちょっと拍子抜けでした。
みんなから侮られながらもいつも笑顔で正しい意見と立場で、不得手なことは避けていく芦川さんが、最後までそのペースを崩さず望みの居場所を手に入れる。
行間から吹き出す憎しみや、美味しいはずのモノを食す描写の不快さから、逆転の展開があるのかと、期待していたのですが。著者・高瀬準子さんの職場に、こういう感じの人がいる(もしくは、いた)のでしょうね。芦川さんの内面描写も読みたい気もしましたが。
しかし、それ以上に気になったのは、彼女に対する抵抗勢力の感覚。普通に、手料理好きじゃないって、言えば良いのに。でも、単純な嫌い、でもなさそうで。
自分の本当に好きなものを、どれだけ選べているだろう。
自分が本当にしたいことを、どれだけやれているだろう。
自分が本当に感じていることを、どれだけ言葉にできているだろう。
自分が本心から望んでいること以外を、正しいからとか世の中そういうものだからとか空気を読んでとか相手に合わせてとかコンプライアンスとか義務感とかで、押しつけられ受け入れざるを得ない。ふざんけんな。
と、いう鬱屈が「食」に集約され、主人公・二谷の矛盾に満ちた過剰反応になっているのかなあ、なんて、思いました。
職場内三角関係の形を借りた、価値観のぶつかり合い。

「響け!ユーフォニアム」2023/05/28 00:01

あまりに美少女まんさいだったので。
TVアニメは一話のみで視聴を止めてしまっていたのですが、のちに作品舞台となる宇治市に転居することに。観とけば色々楽しかったろうなあ、知っている場所が作中にいっぱい。ことしはあがた祭に行ってみようか。
キラキラ女子高生イメージに躊躇していたのですが、最近観た「THE FIRST SLAM DUNK」や、小説「雲は湧き、光あふれて」や、漫画「スキップとローファー」とか、自分まだまだ青春のきらめきに感動できるじゃないか、と思って。
原作小説は宝島社文庫初版2013年、もう十年も前のシリーズなのですね。原作も少女たちは美しく甘く可憐な要素もあり、登場人物はちゃんと関西の言葉でしゃべっていて、そして意外と日陰の冷たさがありました。
著者・武田綾乃氏は高校生の青春を題材にした著作多数、代表作といえるこのシリーズは、ちょっとナイーブで本音を隠しがちな久美子さんが主人公。吹奏楽部の細かい活動を興味深く思う一方、登場人物が多くて「誰だっけ?」となったり、ちょいちょいひっかかる部分もあります。それでも、文章で合奏の迫力を伝える、熱量を感じました。
きらきら、しています。

「トッカン 特別国税徴収官」2022/09/17 11:15

タイトルの割に、軽い文章。著者の高殿円氏はラノベでのキャリアが長いそうです。
税務署職員――日本一嫌われる公務員、だからこそ、その使命を自覚し真摯に職務に取りくまなければならない。と、いうお仕事小説ですが、税徴収の仕事にはさほど興味は湧かず(難しい)、話の展開もどこかしっくりこない。実際のところ、そういうものなのだろうか。
このお話の特徴は、ヒロインのぐー子さんが、あんまり活躍しないことにあります。人間としても職業人としても未熟なところこそ、見所。プライベートでも仕事でもパッとしない、迷いや不安や自信の無さを抱え、きらきらライブではしゃぎ、めためた打ちのめされて自己嫌悪たっぷりに落ち込む。素直な性格のキャラなので、喜怒哀楽の率直さに共感と好感が持てます。
若い女が一人生きていく。切実に求めるのは、安定。
だけど、公務員の地位だけじゃ、職の安定はあっても、人としての安定は得られないんですよね。頑張れ。

「孤独な夜のココア」2021/11/06 14:49

こないだ読んだ男たちの恋愛小説集の中に、一遍だけ関西弁でしゃべる人物が登場しました。村上春樹の小説はセリフが芝居掛かっていて(オシャレ?)現実感が薄くなるイメージなのですが、コテコテ関西弁になるとナチュラルでびっくり。
次は、全編関西が舞台の、女たちの恋愛小説集。新潮文庫、綿矢りさが巻末解説ですが、時代は昭和。 十二編の大半が、二十代後半の女たちの失恋話。
たとえば、「怒りんぼ」では、すぐにカッとなる性質のヒロインが、自分を裏切って他の女のもとへ行く男のことを、怒ることができない。穏やかな性質の男は、自分が悪いのだから怒ってほしい、と言うのだけれど。カッとなって怒れた日は、悲しみを知らない日だった……
村上春樹作品が孤独と空虚感を描くのに対し、田辺聖子の描く恋心は、マシュマロのように軽く柔らかく、甘い。たとえ結ばれず、別れることになったとしても、想う相手へ向ける彼女たちの眼差しは」、可愛らしい幸福感を帯びる。
不安も後悔も苛立ちも、このトキメキがあってこそ。

「天竺熱風録」2021/08/13 15:39

田中芳樹という作家、なんだかんだ言ってアルスラーンもドラゴン兄弟のシリーズも完結させ(最後まで読んでないけど)、その一方でライフワークの中華歴史ものも、派手さはなくとも十分評価されるべき仕事ぶり、凄いなあって思います。
かの有名な三蔵法師もちょっとだけ出演するけど、主人公は中国史でもほぼ無名の文官・王玄策。一外交員だったはずの彼が、二度目の天竺行が王様死去による政情変化のタイミングに重なってしまったがために、チベットやネパールの軍隊を率いて(借りて)戦闘の采配をすることになってしまう。他の国の歴史ものと比べて特徴的なのが、インドでの冒険は象(強大)と牛(神聖)の存在が欠かせないことでしょう。
彼が寡兵を以てインドの大軍を打ち破るのが見所で、この作者らしいお茶目でトボケたキャラクターも登場しますが、どちらかというと、当時のアジアの社会的文化的背景を披露することに力が入っている気もします。
巻末の年表をみれば、日本ではちょうど大化の改新あたり。七世紀は大陸でも列島でも社会がダイナミックに変化していく時期だったのです。

「破局」2020/12/27 23:01

文芸春秋で芥川賞作品を読むと、選評がついてくるのがいい。
一人称記述での、主人公の細かい観察力が気になったのですが、あの他者描写の詳細さ、陽介君の他人の視線を気にする性質の、裏返しなんか。なるほどなあ。
彼は食欲性欲モリモリで筋トレに励み就活に勤しみ、女性に優しくマナーと社会常識を重んじる。そうやって強固な外壁を作り上げていながら、芯の部分はプルプルプリンの如くで、タチ悪い女達に振り回されグスグスに崩されてしまうのです。
最後の破局を幽霊のせいみたいにするのは蛇足な気もしたけど。
形から入るやり方もアリでしょうが、健康な肉体に健全な魂が宿る、とは限らない。昨年のラグビー熱や近年の筋トレ至上主義をあざ笑うような、著者・遠野遥氏の性根の悪さが素晴らしい。読み方次第で喜劇とも悲劇とも受け取れる作品。
主人公・陽介君のお友達が、彼とは正反対の、己の心と思考のみに忠実に動いて周囲から浮くタイプの人。しかし就職活動を通して、友人は外部刺激によって己を変化させ成長させることを学び始めた。彼の今後の方が、主人公以上に気になってくる。

「首里の馬」2020/12/23 23:10

最初の数ページを読み進めるのに難儀する。たまにある、登場人物が登場せずに土地の説明文が長く続くパターン。しかしこういう長い解説はたいてい、作品の性質に意味があってのことなので、読み飛ばせない。今年の上半期の芥川受賞作品。
ヒロインの未名子さんは、沖縄在住、私設郷土資料館の資料整理を手伝い、世界各地の孤独な人たちにクイズを出すという、ケッタイなお仕事をしている。
これは情報・知識のお話だと思いました。情報は失われてしまえばそれまで、でも何かとつなぎ合わせれば、別の意味が生まれてくる。
得体の知れない、という状態を、多くの人は無条件に恐れ敬遠してしまう。孤独が無理解から生じるものならば、確かな知識によってその冷たさは緩和されるものなのだ。
……突然現れた琉球馬と上手くやって行く様子は、ちょっとやりすぎな気もしたけど、そのくらいの強引さも、小説ならアリなのかもしれない。沖縄の歴史の辛さとバランスをとるための楽観的展開なんだろうか。
同時に芥川賞受賞した「破局」でも思ったけど、複数の登場人物たちが長く一人語りをするシーンが何度かある。会話のやりとりとか相槌なんかも相手に求めているのかいないのか。ああいう形が昨今の小説の流行なんだろうか。ドラマとか映画とかではなかなかできないよなあ、長台詞すぎて。

「銀河英雄伝説 黎明編」2020/09/12 17:24

 学生の時以来、改めて読み直したのは、NHKアニメ版でジェジカさんの死にざまが衝撃的だったから。昔読んだときはさほど印象に残っていなかったのに。英雄たちの英雄的活躍も格好良いが、こういう普通の一般人が真面目にまっとうに知恵と勇気を振り絞って動き出す姿の方が胸に迫る。
 映像が付くと艦隊戦闘は映えるし分かり易い(原作の戦闘シーンの簡素さに驚いた)。小説を読み直すにあたっても、キャラクターが多いこのお話で、割とすんなりイメージできる。小説では状況説明が詳細だ。
 今回読んだのは創元SF文庫版、もともとは徳間書店から82年刊行。しかし世に生み出された当初よりも、21世紀の現在、この年齢になってからの方が、この物語をよりリアルに感じられる気がする。
 描かれているのは、停滞し腐敗し衰退する世の中が大変動する、人類社会の定型。それは独裁者の専横や、軍事クーデターや、外部勢力の制圧を受けてのことだったりする。つまり、ヒトラーの誕生とか明治維新とか太平洋戦争敗北とか。災害や疫病は、そのきっかけにはなるかもしれないけれど、東日本大震災やコロナ騒ぎが社会制度そのものを転換させはしない。
 強権による変動。それは現在進行中だったり、これから生じる事態なのかもしれない。でも願わくば、人類社会が知恵をつけて、別の形で停滞や腐敗や衰退を転換させてもらいたい。

「送り火」2019/06/16 17:25

平成三十年上半期の芥川賞受賞作。この時は、候補作のひとつが東日本大震災ノンフィクションの盗用じゃないかという話題のほうが大きかったのでした。
では、割を食った感じの、高橋弘希著「送り火」はどんなだったかというと、なんだか読みにくい。文章は硬くて整然としているのに。
大筋は二本。中学三年生の主人公歩くんは、健全無難普通の男の子で、父の転勤ゆえに東京から越してきて、つつがなく田舎生活を送る。
もう一本が、簡単に言うと他者を虐げるイジメ、狂気。本来ならそういうことからは距離を置きたい歩くん。しかし同じ年の男子は六人しかいない環境なので、ぼちぼち付き合っていく。それでも、なんか、この二本の流れがつながらない。深読みすれば関連付けられるのかもしれないけど、やっぱり、まるで別々の物語を一つの作品の中で語っているようで、自分の中で切り替えが追いつかずに感情移入を断ち切られてしまい、読みにくく感じたのかなあ。
中学を卒業後当然のようにこの地を離れるつもりの歩くんは、けっして冷淡な人物ではないけど、どこか他人事。「ウチの中学」ではなく「君たちの中学」という認識。喩えるならば、外国のテロ事件ニュースに「怖いね、可哀想ね」と思うけどでもそれだけ、っていうような、そういう種類の「健全」なのだ。
暴力や狂気の描写の方が派手で目を引くけど、そちらに注目すると結構平凡というか類似作品はけっこうあるように思う。それよりも、それらに対する普通な歩くんのスタンスの方が重要な気がする。
最後に彼自身に直接暴力と狂気が向けられて初めて彼は無難な流れから引きずり出される。彼はそれをどう受け止めたのだろうか。

「高安犬物語」2019/01/26 16:09

金の星社の日本の文学28。戸川幸夫の動物小説5編が収録される。どの作品も生き物に対する敬愛に満ちているが、その中ではやっぱり明らかに、デビュー作にして直木賞受賞の表題作が、圧倒的に面白い。
解説によると、作者の若い頃の体験が割とそのまんま描かれているらしい。滅び行く種族、高安犬。この中型日本犬にハマった犬好きたちが、何とかしてその血を残そうとするのだけれど、現実は、厳しかった。
雪国の自然と、動物と、人。その厳しくも密接した関わりを思うと、「アキタイヌ、カワイイー」がひどく軽く響く。洋犬のようなスマートさに欠けるのを逆手にとって丸っこいフォルムを愛されキャラのパーツにしてしまったけど、本来それは、ストイックな力強さを表わしていたのだ。犬って、美しく格好良い生き物なんだ!
ユルクない、可愛らしさもない、悲しい結末の動物小説。しかし、気高い精神に対する敬意と、哀愁と言う名の愛情に満ちている。