「聖地には蜘蛛が巣を張る」2023/05/03 15:29

Holy Spider
20数年前にイランで実際にあった連続殺人を原案としたストーリーで、アリ・アッバシ監督も主演俳優二人もイラン人、しかしかの国では撮影も上映もできない、という、イラン映画のお約束。
後味が悪くすっきりしない映画だって分かっているのに(痛快なインド映画の対極にあるなあ)、年一本くらいのペースで観てしまうイラン映画。あのモヤモヤがくせになるのか。
被害に遭う娼婦たちはドギツイ化粧に阿片中毒で不健康そうな顔色、決して印象の良い姿ではありませんが、それでも、たいていの人は、好きでこんなことやっているのではない。生活のため、愛する我が子を育てるために、稼がなきゃならない。
そういう人を無くすには選択肢を広げるための教育とか社会保障とかを整えるしかない、とは、考えられないのでした。殺害されて当然、むしろ聖地の浄化、と言われて殺人鬼を擁護する声も小さくない。そんな社会の中で、残された殺人犯の子供たちの、不穏そうな未来が暗示され、とっても気になる。
主人公の一人であるジャーナリスト、ラミヒが事件を追う過程で、イラン社会で女が活動しづらい現実を随所にちりばめる。ラミヒ役のザーラ・アミール・エブラヒミさん、私的な映像がばらまかれた(リベンジ・ポルノってやつか?)影響で母国では役者活動できなくなったそうです。被害者なのに、ひどい。理不尽さへの憤りが真に迫ります。
だいたい、娼婦が何千人もいるのなら、その数倍の男性客が存在するのです。そいつらを一掃しろよ気持ち悪い。
表向きはもっともらしいことを言っている、その裏側で、都合の悪い部分は誤魔化し、見て見ぬふりをする。……そういう傾向は、イランに限らずどこの国でもありますよね。
そんな裏表が上手に描かれるのが、イラン映画の神髄かと思う。

「雲は湧き、光あふれて」2023/05/04 22:24

高校野球ファンですが、高校野球小説ってほとんど読んだことないかも。野球漫画は読むけど。野球モノは、ノンフィクションに熱い名作が多いのですが、小説では、どうか。
たいへん、ツボでした。高校生男子特有のエモさっていうのかなあ。この間観た「THE FIRST SLAM DUNK」もそうですが、笑っても泣いても苦しんでも、キラキラだ。
野球技術や戦略の細かい部分は描写されず、雑誌Cobaltや集英社オレンジ文庫の読者の求めるところを存分に提供してくる。
3編あるうち、最後の一つは、舞台が太平洋戦争中。不幸な時代に青春時代を台無しにされた野球人たちのエピソードは、ある意味語り尽くされているのですが。著者執筆当時に予見できるわけありませんが、コービック19のために大会が中止になったり、開催されてもチーム感染で辞退することになったり、まだ記憶に新しい悲劇とも重ねて読める。
須賀しのぶ、何を書いてももの凄く達者な作家さんとの評価に、偽りなかった。他の作品も読んでみよう。

英国から重低音2023/05/07 23:06

五月連休最終日は、大雨の日曜。
久しぶりにクラシックを聴きに兵庫県立文化学術センターへ。
前日の戴冠式にタイミング合わせたわけじゃないでしょうが、英国プログラムでした。
景気よく格調高い「威風堂々」や、恐らく日本で最も有名なエルガーの曲であろう(電話音楽!)「愛の挨拶」のイメージから、端正な作風を連想していたのですが。
エルガーの交響曲1番は、思ったより重低音が効いていてパンチ力がありました。絶対に録音より生演奏の方が聴き甲斐のある曲ですよ。
こころ揺さぶる熱演でした。

「図書館戦争」2023/05/13 22:10

大学出たての新人が、落とし物を拾ってくれた上司に対して、「いいです、捨てといてください」とは、普通言わないだろう。いくらソリの合わない相手でも、そこは「ありがとうございます」ではないだろうか。
有川浩の出世作。著者の作品は、映像化されたモノは幾つか観たことありますが、ちゃんと小説読むのはこれが初めて。角川文庫、巻末にオマケ短編付き。
検閲が合法化された架空日本国で、それに対抗する図書館が武力闘争を繰り広げる。強引な設定をキチンと成り立たせているところは凄いなあ、と思うけど、前述のような感じで、ヒロインにいまひとつ、魅力を感じない。夏目漱石の「坊ちゃん」と同タイプ。坊ちゃんと違って職業意識が真摯なだけ、まだマトモか。
主人公より、役得のような不憫なような、上官の心理と立ち位置を味わうのが正しいのかもしれない。
漫画っぽい世界設定、漫画っぽい人物造形、でも文章は漢字多め(固有名詞や説明文)。原作よりも漫画版を読む方が楽しいかな。

「響け!ユーフォニアム」2023/05/28 00:01

あまりに美少女まんさいだったので。
TVアニメは一話のみで視聴を止めてしまっていたのですが、のちに作品舞台となる宇治市に転居することに。観とけば色々楽しかったろうなあ、知っている場所が作中にいっぱい。ことしはあがた祭に行ってみようか。
キラキラ女子高生イメージに躊躇していたのですが、最近観た「THE FIRST SLAM DUNK」や、小説「雲は湧き、光あふれて」や、漫画「スキップとローファー」とか、自分まだまだ青春のきらめきに感動できるじゃないか、と思って。
原作小説は宝島社文庫初版2013年、もう十年も前のシリーズなのですね。原作も少女たちは美しく甘く可憐な要素もあり、登場人物はちゃんと関西の言葉でしゃべっていて、そして意外と日陰の冷たさがありました。
著者・武田綾乃氏は高校生の青春を題材にした著作多数、代表作といえるこのシリーズは、ちょっとナイーブで本音を隠しがちな久美子さんが主人公。吹奏楽部の細かい活動を興味深く思う一方、登場人物が多くて「誰だっけ?」となったり、ちょいちょいひっかかる部分もあります。それでも、文章で合奏の迫力を伝える、熱量を感じました。
きらきら、しています。

「ファーザー」2023/05/28 22:41

祝!役所広司カンヌで男優賞!いい役者さんなのだから、もっと注目されてほしいと思っていた。ヴィム・ヴェンダース監督ありがとう。

お忘れですか?
20年米アカデミー賞、納得の、アンソニー・ホプキンスの演技力。
ストーリーは、はじめ、わけがわかりません。時間経過も場所も基本設定も、でたらめに変化していく。同じ台詞が、似たような間取りの空間が、ちょっとずつ、シチュエーションを変えて繰り返される。
これ、認知症のお父さんの認識する世界、なのです。認知症モノの小説映画等数々ありますが、たいていは、介護する人の視点で描かれます。当の本人は、なんというか、不定期でパラレルワールドを移りまくっていくような感じで。
どこまでが現実に起こったことで、どこまでがお父さんの妄想なのか。いちおう、お父さん不在で娘さんたちがお話しするシーンは、過去のどこかの段階で実際にあったことなのだろうと解釈していますが。
もちろんご家族にとってもたいへんなことですが、いちばんわけ分からなくって混乱して心細いのは、お父さん自身なのでした。認知症性うつ、という症状は、じつは、珍しくもないことで。
ちょっと、泣けてきました。