PERFECT DAYS2024/01/02 15:33

役所広司がカンヌで男優賞を取った、トイレ企画ムービー。
気になったのが、自転車の描き方。あそこに駐輪して大丈夫なのか、行きつけの店で晩酌後に乗るのは今時ポリコレの意味で問題ないか。細かいかもしれませんが。
一人暮らしの初老の男、平山の、シンプルで端正な日々の営みを描く。早起きして丁寧にトイレ掃除業務をこなし、銭湯の一番風呂、晩酌、就寝前の読書。彼はしばしば空を見上げ、フィルムカメラで木漏れ日を撮影し、若木の鉢植えを育て、カセットテープで音楽を聴く。
アナログで質素で穏やかで、文化的に豊かな生き方。
SF的なスカイツリーに、公衆トイレの最新機能とデザイン。
両者が対立することなく共存する東京が描かれる。非常に地味で淡々としていますが、飽きません。石川さゆりが歌い、田中泯が踊る(似合っているけど、あんな身体表現格好良いホームレスがいるのだろうか、いるのか?)。繰り返しの日々の中に挟まれる断片が豪華というか、ほんの少しの登場でも印象的な人々。
ただし、あくまでも断片で、主人公を含めた人間たちを深掘りはしません。
役者たちの表面的な姿からほのかににじみ出る内面。そういう表現ならば、平山の就寝後の夢らしき、心象風景映像は余計だったかと思います。
ヴィム・ヴェンダース監督(ドイツの巨匠ということですが、観るのはこれが初めて)は淡々と、主人公の日々をドキュメンタリー風に描きましたが、しかし、どこかファンタジーめいている。
実際にトイレ清掃業務をなさっている方のご感想を聞きたいです。映画には、決定的に汚れた光景は映されませんでしたから。見るに堪えない光景は、掘り下げずほのめかすのみ。自転車の件といい、浮世離れした美しいイメージ映像、夢の理想像なのでしょう。
ユニクロや電通関係者や渋谷区などが絡んでいますし、「さあどうです、イイでしょう」と力説しているところはあるかもしれません。
そんな世界像が浮き上がらないようにしているのが、主演男優の地に足着けた佇まい。最後、目を赤くした彼の表情の意味は、観る者に委ねられます。美しくイノセントで充実した平山は、淡々としているようでその目に様々な感情が宿る。
彼の完璧な日々は、生きる悲しみと孤独な世界を知るが故に生まれてきたのだ。そんな風に、私は感じました。

「豆富小僧 その他」2024/01/03 23:31

京極夏彦の、妖怪小説。他に、狂言や落語の台本あり。
かなり前に、NHKの恐怖絵本番組で見た、とぼけたキャラクター。江戸時代に一瞬爆発的に流行った存在らしい。
これが小説仕立てになると、まずは「妖怪とは何か」という長い説明から始まる。先月観た「ゲゲゲの鬼太郎」と違って、こちらは人間によって妖怪が生み出される設定になっている。ので、そのシステムから講義していくのだ。
それから、科学技術とかお金儲けとか思想信条など、様々な思惑を抱えた人々と、彼らに憑いている「いるけどいない」妖怪たちが、ひとつの誘拐事件に関わって、てんやわんや。厭な感じになったところで、ただ豆腐をもっているだけ、という豆富小僧がみんなの毒気を抜いていく。
とにかく、説明が多い。それぞれの立場や考えを説明しないと話が分からないので、どうしようもないのですが。

日向大神宮2024/01/03 23:34

初詣にあらず。23年はあんまり寺社参りしてないな、と思い、年の瀬に日向神社へ。奥にある天岩戸をくぐり、そのまま大文字山頂上を目指す。午後二時半頃到着し、持参した蜜柑を剥いて休憩。
それから少し下り、普段職場の窓から眺めるだけの、送り火の大の字へ至る。京都市街地一望。
この日は日暮れ前に下山するペースを考えていたのですが、下り途中に上ってくる人と多数連れ違う。今度行くときは、私も夕日の時刻を狙っていこうかしら。

「ナポレオン」2024/01/06 16:36

昨年から気になっていましたが、年明け終映間際になってようやく観に行けました。
激動のフランス革命時代。凄惨なマリー・アントワネットの処刑から始まるリドリー・スコット監督の大作は、美術も戦闘シーンも気合いが入っていますが、印象は冷たくて、暗い。
革命の熱気は希望や情熱より狂乱のイメージ。戦闘はリアルすぎて陰惨なほどで、昨年観た「キングダム」が戦場を格好良く華々しく描いていたのと対照的。
フランス人も、複雑な国民ですね。革命で王侯貴族を粛正し、結局、英雄を皇帝として祭り上げ称え、従っていくのです。自由って民主主義って、何なんなのでしょう。戦場の勝利よりずっときらびやかな戴冠式シーンは、美しくもどこか空しい。
「ジョーカー」では表情豊かに主人公の悲しい狂気を演じていたホアキン・フェニックスは、実に不機嫌で気難しそうなナポレオンになっていました。
コルシカの田舎出身の小男が、身分も出自も関係なく成果を上げ、国の頂点に立つ。そんな彼が、愛するジョセフィーヌと離婚した理由が、跡継ぎとして帝位を継ぐ男子を産めなかったから。そして名家の娘と再婚する。それが、彼の幸せだったのでしょうか。
時代の流れに乗り才能を発揮し望むものを手に入れてきた男、ナポレオンの憂鬱を描く。

「エルピス-希望、あるいは災い-」2024/01/07 13:15

2023年は、ジャニー喜多川氏の非道に大きな関心が寄せられたと同時に、大きな力の前でマスメディアがいかに腰砕けだったという問題も衆知のこととなった。

その直前の2022年に放送されたTVドラマの、24年新年一挙放送。序盤は冤罪問題だったのが、大手TV局の組織構造の歪さ、報道姿勢の弱さに焦点がシフトしていく。
主人公も、一定以上名前の知られた報道キャスターから、新人ディレクターへと移る。眞栄田郷敦の、若くて無知故のがむしゃらで、できることは何でも全力で取り組もうとする意気込みが、魑魅魍魎蠢く世を照らす一本の松明となる。
後追いで対象を叩くことはできても、公式発表のないスクープを先陣切って取り上げるこのできないTV報道気質を、同じTV業界で、エンタメを担うドラマ部門から切り込む。
骨太だ。目を逸らしてはならない問題を次々とすくい上げつつ、キャラクターの配置と演出で物語としても十分な見応えがある。渡辺あやの脚本の力。
みんな、本当は、正しいことが、したいのだ。

「生きる」2024/01/14 22:42

1952年、黒澤明監督のヒューマニズム映画。近年英国でリメイク版も作成された傑作。
NHKにて今年の成人の日に放送されたのですが、若き新成人たちに、どんなメッセージを送るつもりだったのでしょうか。
すでに若くもない自分は、少し陰鬱な気持ちになりました。私は生きているのだろうか、本当は死んでいるのではないか、と。
冒頭で主人公は生きていないと断言されてから、ハッピーバースデーの歌声に祝福されるまでが、長い。人生が長くないことを宣告されてから、夜遊びしてみたりストーカー紛いの振る舞いをしたり、迷走が続くのです。結局、遊ぶよりも仕事に打ち込むことによって新たな生を得るのですが、そこは彼の死後に回想で語られるという、変わった構成。
志村喬演じる、ぼそぼそしたしゃべり方の初老の男が歌う。命短し恋せよ……
この作品のもう一つの特徴が、お役所しごとの不甲斐なさです。すさまじきは宮仕え。駄目な人が集まって駄目な組織を作るのか、駄目な組織が人を駄目にするのか。
命短し。適当なことやっている暇なんて、本当はないはずなのです。

「エアフォース・ワン」2024/01/20 23:07

米大統領選挙イヤーになると注目され、TV放映される。
大統領専用機がテロ集団に乗っ取られるお話ですが、意外なことに、映画冒頭では米露の特殊部隊という名のテロリストが、中央アジアの独裁者に鮮やかに襲いかかるのでした。そこまでやるならきっちり暗殺すれば良いものを、捕縛してしまったからテロリストに解放要求されてしまうのですが。
そして、自国利益追求を改め正義のために米国は動く、と宣言する大統領。
9.11以前の、97年。映像も演出も理想も古めかしく、H・フォードも昨年のインディ・ジョーンズと比べるとかなり若く、ハンサム。ただ、旧ソ連の妄執に囚われた者の発想だけは、現ロシア大統領を連想させて今日的に感じられます。
大統領は元軍人ですが、ダイ・ハードのようにほぼ単独で超人的な活躍をするのではなく、仲間たちと連携し知恵を絞って戦います。
米国の象徴という意味で非人間的な大統領の立場など、ホワイトハウスという世界を興味深くのぞき込みつつ、上空での闘いを楽しむ娯楽作品。

「劇場版 響け、ユーフォニアム」2024/01/28 12:20

宇治市在住者にとって、見知った景色が多数。川沿いの虫まで描かれていた。
民放局で放送されていたアニメ作品の、劇場版。最近そういう流れが多いですが、新作はNHKで作成されるそうで、それに先立ち、正月に連続四作品を放送してくれました。
京都の吹奏楽部の部員たちが、全国大会を目指す部活モノ。吹奏楽って打楽器と管楽器だけかと思っていたら、ハープもあるのですね。
高校生たちの繊細な心情、人間関係がストーリーの軸ですが、真の見所はクライマックスの演奏シーンでした。
言葉は、要らない。
モノローグもイメージ映像も無い。
奏でられる音楽と、登場人物たちの姿、表情。
それだけで十分感動的に盛り上げられる。京都アニメーションのクオリティが素晴らしい。
一つだけ残念だったのは、原作と違って、台詞が京都弁じゃないところかなあ。

「笑いのカイブツ」2024/01/31 23:04

好きなことに夢中になる。それが、こんなにも痛々しいものなのだなんて。
血のションベンってワードに、震える。
ツチヤタカユキ氏の私小説を原作に、岡山天音が怪演。笑いのネタに人生を賭ける、というか、賭けざるを得ない。お笑い以外のことにはまるで頓着しない。
お笑い界に全力でぶつかっていく姿を描く一方で、お金の無いツチヤが色々なバイトをするシーンが描かれますが、勤労意欲ゼロ、まるで働けていません。方々で迷惑をかけます。
ひとことで言えば、駄目人間。
彼の情熱、努力、才能を認める人たちもいますが、周囲と上手くやっていけず、ツチヤは壁にぶつかります。
頭をぶつけ続け、壁に開いた穴を突き破って。
ツチヤはまだまだ、ネタを書き続ける。