すべてを描く萬絵師 暁斎2025/05/17 16:30

中之島の香雪美術館は初めて。
以前行った没後130年展のように、海外収蔵作品は無い。河鍋暁斎は明治時代に外国人を弟子にしていたくらいで、めぼしい作品の多くは異国へ持ち出されているようで、ちょっと残念。
狩野派で九年ほど絵画修行をしていたわけですが、ほんの七歳の頃に入門してすぐ辞めちゃった歌川国芳先生の自由な庶民向け作風のほうが暁斎のイメージに合う。全体的にユーモラス、かつ精緻。
帰りに購入した絵葉書は、夕涼みの女性が蛙相撲を見物する絵。暁斎と言えば蛙。墓石がガマガエルの形をしているそうで、これも一度拝みに行きたい。

「おかえり、横道世之介」2025/05/24 21:52

自分が読んだのは映画監督と主演俳優の対談が収録された文庫版でしたが、旧タイトルの「続・横道世之介」は19年に刊行。それ故に、架空の20年東京オリンピックが大盛況なのです。
皮肉というか、ある意味、この作品らしい可笑しみ。
三部作の真ん中、前作では上京してきた大学生の愉快な一年を描き、続編ではバブル崩壊後の下り坂時代、就職し損なった世之介の、やっぱり愉快な一年を描きます。
時代と主人公の境遇を反映して、各エピソードも深刻で重いのです。
それでも、悪いことばかりじゃない。
誰もが幾度か経験する、人生の谷間、暗闇の中。そこに向けてエールを送る、そんな作品。

「蒲生邸事件」2025/05/29 00:11

宮部みゆきの、日本SF大賞受賞作。有名作品ですが、その昔、初めの方だけちょっと読んでそれきりになってしまった(主人公がうっすら卑屈で、展開がゆっくりだったのが合わなかったのか)のを、時空を超えて再挑戦。
複雑な様相の二・二六事件、そんな時代にタイムスリップして、美人女中に好意を持ち、さらに元軍人のお屋敷内でも事件が発生する。何故に。それを問う謎解き。
どこか自己否定的なのは主人公だけでなく、蒲生邸の兄妹も裕福な家庭に生まれていながら自分の価値に自信が持てない。
そして、時間旅行の能力者もまた、時代の流れを知りながら変えられぬ無力感を抱いている。
アニメ映画の「時を駆ける少女」は自分のささやかで個人的な都合のためにどんどん時間遡りを行っていましたが、宮部みゆきは、そういう超常的力をあまり肯定的には捕らえない。
地に足着けて、目の前にある「今」に立ち向かう姿にこそ人間の価値を認めています。