「ザリガニの鳴くところ」2022/12/03 23:12

キングの小説の影響でしょうが、昔の米国の田舎の子供は自転車で移動するか、線路を歩いているイメージが強いですが、この映画ではボートを乗り回します。免許不要な生活の足なのか。
原作は米国のベストセラー小説(ティーリア・オーエンス著)、ジャンルとしては一応サスペンス物、法廷シーンもちゃんとありますが、どちらかというと、ヒロインの特殊な人物像の描写がメイン。
容疑者となったのは、人里からちょっと離れた湿地のポツンと一軒家にお住まいの若い女性。小さい頃は大勢の家族と楽しく暮らしていましたが、父親の暴力(人権もへったくれもない20世紀半ばのこと)のために母親も兄弟たちも家を出て行き、ただ一人残された少女は、保護者不在、学校へも行かず、それでもたくましく自活していたのです。文字を教わって本から知識を得、動植物を描いたイラストが認められ、税金を納めて家土地を自分のものとし、兄弟の一人とも再会できて、だんだん人生が上向いてきます。しかし、彼女の元彼が、しつこくつきまとってくるDV野郎だった!
描かれるのは、ヒロインの力強さ、孤独、人間不信、自然界への親和性、愛。
エンディングに流れる曲が最高にハマっていて、有名なシンガーソングライターが原作に感銘を受けて作成したそうです。この物語の最後にこの曲をじっくり聞きながら余韻に浸れるだけでも、劇場へ足を運ぶ価値ありと思いました。映画の格を押し上げる名エンディング。

「すずめの戸締まり」2022/12/04 22:09

古来、人類は天災を神や魔物の引き起こす怪異として受け止め、やがてそれらは自然科学のシステムとして認識され、解明されつつある。
ところが、21世紀の今日、人々は再びそれを神話的怪異として物語るのか。
東北の大震災はまだ記憶に新しく、アレをファンタジーの文脈で描かれると少々違和感がありました。
小さい子供が亡くした親を探して泣くシーンには胸が痛みましたが、基本的に明るい性格のヒロインで、女子高生とイケメンの冒険譚。冒険マップは魔法のアイテム・一台のスマートフォン。
機動力の高い椅子のイケメンさんは、「ホリック」で百目鬼くんをやっていた松村北斗くんが声の出演で、今年二作目の神木隆之介くんのお友達役です。
中盤から登場のこのお友達、重くなりそうだったお話をひょいと持ち上げてくれて、数ある神木隆之介キャラの中でも屈指の人気キャラとなること請け合いの好人物。難を言うなら、あまりにも、狙いすぎじゃないですか。
主人公二人をはじめとして、物わかりの良い善人ばかり登場する優しい世界。人物描写だけなら、もう少し屈託を見せる漫画版(まだ序盤だけど)の方が好みです。
新海誠監督特有の、普通の光景を超現実的美麗さで描く手法は控えめで、良くも悪くも普通のエンタメ作品という印象でした。

「あちらにいる鬼」2022/12/10 21:38

あちらとはどちらなのか、鬼とは、誰を指すのか。
単純に割り切れない解析しようのない、人と人との間に発生する、心。
小説家の男と、その妻と、愛人の女流作家。そして、画面に頻繁には登場しないが、夫婦の長女がいて、彼女が長じて両親と父の愛人をモデルに執筆したのが、原作小説。子供の頃、クリスマスに父親が愛人の元にいて家庭に不在だったり、寂しい思い出もありそうなものだが、父の愛人(故瀬戸内寂聴)を恨む感じではなくて、家族ぐるみの(?)交流が続く。
男は、作家としては戦争とか差別とか硬派なテーマを扱う(映画内でも、60年代当時の社会的事件が挿入されている)が、女関係には非常にだらしない、ひどい男。にもかかわらず、彼が女性ファンにモテるのも、なんとなく納得してしまう、豊川悦司の演技。風呂でも寝床でも常に眼鏡を外さない(笑)演出は、虚をまとうのが現実と言わんばかり。
映画で描かれるのは、男の行き来する二つの世界で、一つは団地内の、妻(広末涼子)と子と暮らす普通の家庭。もう一つが、知的で華やかで生活感の薄い愛人(寺島しのぶ)宅。
苦しみもあったが、妻は守り続けた。何を?
苦しみもあったが、愛人は断ち切った。何を?
選んだ生き方は違っても、嘘でいっぱいの男に対する、それぞれの愛は真実。

「天使にラブソングを…」2022/12/11 23:13

ウーピー・ゴールドバーグ、「ゴースト ニューヨークの幻」で主演の二人よりずっと印象的だった霊媒師(助演女優賞総なめってやつ)が、主演としても存在感を見せつけた。
録画していた金曜ロウドショウ、土日に二本視聴したのですが、続編の方は、第一弾と比較すると、なんか弱い。お話自体は感動的で悪くないのですが、高校生が歌って踊る画はわりと普通で、修道女(かなりお年を召した方も含む)たちがノリノリでパフォーマンスするインパクトには敵いません。映画冒頭のステージで歌うシーンよりも、尼さんたちとの聖歌のほうがずっと面白いという。メロディーは同じでも、歌詞を「GUY」から「GOD」に変えて、演出もそれぞれの個性を生かして、すごく、楽しそう。
教会に閉じこもって祈るばかりではなく、悪者に捕まった仲間を助けるために危険を顧みず行動するまでになる。尼さんたちの絆を示すと共に、コメディとしての笑いどころでもあり、うまい脚本です。
続編を続けて観たおかげで、第一弾の良さがよりくっきり見えた感じ。
勇気を出して、前へ進む。変革への第一歩を導く、パワフルな映画。

「グレムリン」2022/12/22 22:42

国産車へのこだわりを叫ぶ。貿易摩擦時代を彷彿とさせる一幕でした。

昔観た時には、ちいさい生き物たちカワイイなあ楽しそう、というぐらいの感想でしたが、改めて観ると、猛烈に皮肉が効いていて驚きました。クリスマスの嫌いな女の子のエピソードが強烈。
ホラーコメディ作品、と言っても、小さな悪魔たちが大暴れしている様子はコミカルです。やっていることは凶暴でシャレにならないのですが、あまり怖さは感じません。ホラー要素は、むしろグレムリンたちの死に様、そして、人間の殺し様。優しそうだった母親が、殺意みなぎる形相。
愛らしい生き物は大切にする人間たちが、自分たちにとって害あるモノと判断したときの、非情で残酷な容赦のなさ。もちろん、あれらを放置しておけば大変なことになるので、間違ってはいないのですが。
猫好き婆さんが主人公の飼い犬を嫌って殺したがっている言動がありましたが、本質的なところは、それと変わらないのです。
人間が己の欲望のまま、法もモラルも吹き飛ばしてハメを外せば、グレムリンたちのやりたい放題の姿そのものとなるのでしょう。
手に負えない。

「RRR」2022/12/30 00:13

インド系マッチョ、怖すぎて笑えるレベル。シリアスなシーンなのに笑いがこみ上げる。
理屈抜きに面白いって、このことです。インド映画特有の歌と踊りだけではない。肉体的アクションはスピードよりもスローモーションを多用して一つ一つの動作を強く印象付けます。CGの動物さんも大暴れ。なるほど、大スクリーンで観たい作品です。
大変熱いバディもので、対立する立場を知らぬまま友情を深め、苦悩しながら衝突、和解、共闘、勝利。目と目で通じ合う二人。インドの薬草効き過ぎでドラゴンボールの豆かってくらいの効能ですが、東洋の神秘なのです、きっと。
英国での評判・感想を知りたいですね。植民地時代のお話で、英国の偉い人たちの非道さがとても憎々しく描かれています。
……もしかしたら、かつて中国で大受けしたという(今は?)抗日ドラマって、こんな感じなのかな、と思いました。これだけ盛り上げてくれるのなら、いくら荒唐無稽でも拍手喝采されることでしょう、ちょっと観てみたい気もします。

「ラーゲリより愛を込めて」2022/12/31 16:05

出演役者さんたちの熱演に尽きます。かつて、かわいい男の子だと思っていた二宮くんは、ボロボロになった中年の役でも上手に演じるものです。芯の強い、でも英雄とか聖人とかではない、等身大のリアルな男として。脇を固める皆さんも、それぞれシベリア抑留者の典型例として、分かり易く説得力のある存在感を発揮してくれました。
原作は30年以上前に発表された有名なノンシクション(未読)だし、戦後ロシアに連れて行かれた人々の過酷な状況については各種報道でも見聞きしている。エピソードとしてはさほど新しい感じではない。
後日談の結婚式シーンや映画版タイトルに表されるメロドラマ要素は、意味の無い要素とは思いませんが、もう少し控えめなほうが良い気もする。奥様も戦後ご苦労を重ねたことでしょうに、肌の色艶が良く美貌が際立って、作品の厳しさが削がれる。
今日、ウクライナからロシアに連れて行かれた人たちも多くいると聞きます。そういう人たちも大変な目に遭っているのでしょうか。町が攻撃を受け逃げ惑うシーンはまさに、今、現実に起こっていることかと思うと、大変恐ろしい。
最近観た「RRR」と違って、暴力を使わない戦いを描く作品ですが、一つだけ共通点がありました。苦しい場面に自分を、周囲を奮い立たせる、歌。
そう、人間としての尊厳を支えるのは、音楽であり、美しい言葉であり、言葉を超える試合(ゲーム)であり、可愛く健気なワンコなのです。
主人公の山本さんのように、魂に文学がある人は、苦境で発揮する文化の力をよく知っているのでしょう。不要不急とか言うな。しんどいときこそ、必要なのです。