「悪は存在しない」2024/07/11 22:40

あっ!と思いました。最後、何が起こったのか分からない(説明されない)系の映画だったのです。
水を大切にする山の人々とグランピング開発したい都会の人々を描いていたのに、唐突に、ファンタジーになった感じで。
山の中の霧の広場は、生と死の狭間の世界、みたいなものだったのでしょうか。彼女は生きているのか、死んでしまったのか。
何一つ説明されません。
水汲みや、薪割りや、徒歩や車の移動による景色の流れのような、単調な繰り返しの映像がたびたび出てきます。繰り返しは、事件によって破られました。

「エルガルド・モルターナ ある少年の数奇な運命」2024/06/09 22:12

宗教の問題でもあるし、時代の転換点の問題でもある。当時、米国では南北戦争、日本では明治維新があり、イタリアでも半島統一の運動が進んでいた。人の世は、揺れ動いていた。
19世紀後半に実際に起きた、子供連れ去り事件。ローマカトリック教会が宗教的正当性を主張して親元から引き離す。そんなことがあるのですね。
勝手にカトリックの洗礼を受けさせる。それが、素朴な善意100パーセントで行われるのが異様に思えます。しかし、善も悪も、それぞれの考え方次第で変わるのです。
人の心は、不思議。ユダヤ教徒だったエルガルド君の魂をキリスト教へ導いたのは、教育のためか、環境適応のためか、ストックホルム症候群か。
たった七歳のユダヤ人少年の目に映る、豪奢でありながら暗いイメージの教会と、磔にされイエスの像。
彼の心細い思いが、イエスの苦難にシンパシーを寄せることで救われたのでしょうか。

「哀れなるものたち」2024/02/18 12:15

静かな舞踏のように絵画的な、飛び降り自殺。
改造手術を受けた主人公のベラは、体は美女、中身は幼児として成長していきます。
それ故に、見えるものがあります。独特の異空間に、異形の生き物。
異形なのは、私たちみんな、哀れなるものたち。
禁忌、常識、節度などの枠が無く。
好奇心、知性、自己と他者に対する愛が有る。
性行為の快楽を大いに肯定してアラレもないシーンも満載ですが、エロさはまったく感じられません。
ヨルゴス・ランティモス監督は、エマ・ストーン演じるベラの冒険を通して、まっさらな人間の本質を暴き立てていくのです。
それは魅力的でもあり、恐ろしくもあり。くすっと笑って明るく鑑賞するのが正解とも思います。

「生きる」2024/01/14 22:42

1952年、黒澤明監督のヒューマニズム映画。近年英国でリメイク版も作成された傑作。
NHKにて今年の成人の日に放送されたのですが、若き新成人たちに、どんなメッセージを送るつもりだったのでしょうか。
すでに若くもない自分は、少し陰鬱な気持ちになりました。私は生きているのだろうか、本当は死んでいるのではないか、と。
冒頭で主人公は生きていないと断言されてから、ハッピーバースデーの歌声に祝福されるまでが、長い。人生が長くないことを宣告されてから、夜遊びしてみたりストーカー紛いの振る舞いをしたり、迷走が続くのです。結局、遊ぶよりも仕事に打ち込むことによって新たな生を得るのですが、そこは彼の死後に回想で語られるという、変わった構成。
志村喬演じる、ぼそぼそしたしゃべり方の初老の男が歌う。命短し恋せよ……
この作品のもう一つの特徴が、お役所しごとの不甲斐なさです。すさまじきは宮仕え。駄目な人が集まって駄目な組織を作るのか、駄目な組織が人を駄目にするのか。
命短し。適当なことやっている暇なんて、本当はないはずなのです。

「大雪海のカイナ ほしのけんじゃ」2023/11/11 00:46

人の精神を読み取り干渉し、星を作り替えるほどのテクノロジーがありながら、暗証番号はそこらへんにメモしてある。お約束ですね。
TVアニメシリーズで軍事国家との戦争を収めた主人公たち。劇場版完結編では、水不足の世界を救うために旅立ちます。
SFファンタジーで、ボーイミーツガールで、巨大生物と巨大ロボットで、未知の世界へのドキドキ冒険譚。嫌う人が多いからか、虫要素はTVより少なめ。
正直、それほど期待値は高くなかった(ちゃんと風呂敷をたためるのか心配で)のです。
しかし、盛りだくさんが、きれいにまとまって、大満足でした。壮大で幻想的な世界観は、劇場の大画面にも映えます。
欲を言えば、100分の尺をもう15分ほど延長させ、アメロテさんの素敵な戦闘アクションや髪下ろした図や鎧オフ姿なども見せてもらいたかったです。
原作なしのオリジナル脚本で、この完成度。楽しい。

「インディ・ジョーンズ 運命のダイヤル」2023/08/05 16:57

INDIANA JONES and the DIAL OF DESTYNY
時を駆けるインディ。
デジタル技術のすごさ。冒頭から戦時中のナチスと闘う(考古学者なんだか007なんだか)若きジョーンズ博士っていうかハリソン・フォード。本当に、どう加工されているのか、わからない若い頃の彼がいるようにしか見えない。実年齢80になろうという主演がどの程度当人によるアクションを演じているのか、どこまでがスタントと加工技術で見せているのか、区別はつかない時代なのです。
しかし、ドキドキワクワクの、このシリーズっぽさは、作中ではこの過去編まで。人類が月にたどり着いたと沸き立つ時代とはうらはらに、年取ったインディは公私ともに順調とは言い難く、しょぼくれているのだ。スピルバーグでは無くマンゴールドが監督した影響もあるのだかろうか、シリーズに特有の冒険はあっても、ユーモアはそぎ落とされてしまった。
その代わり、ヒロインに陽性のキャラクターを持ってきたけれども。
過去へ。古代の偉人とその時代をこの目で。考古学の世界で生きてきた彼には、それは、まさに、夢。しかし物語は、良くも悪くも、それを肯定してはくれないのでした。

「あちらにいる鬼」2022/12/10 21:38

あちらとはどちらなのか、鬼とは、誰を指すのか。
単純に割り切れない解析しようのない、人と人との間に発生する、心。
小説家の男と、その妻と、愛人の女流作家。そして、画面に頻繁には登場しないが、夫婦の長女がいて、彼女が長じて両親と父の愛人をモデルに執筆したのが、原作小説。子供の頃、クリスマスに父親が愛人の元にいて家庭に不在だったり、寂しい思い出もありそうなものだが、父の愛人(故瀬戸内寂聴)を恨む感じではなくて、家族ぐるみの(?)交流が続く。
男は、作家としては戦争とか差別とか硬派なテーマを扱う(映画内でも、60年代当時の社会的事件が挿入されている)が、女関係には非常にだらしない、ひどい男。にもかかわらず、彼が女性ファンにモテるのも、なんとなく納得してしまう、豊川悦司の演技。風呂でも寝床でも常に眼鏡を外さない(笑)演出は、虚をまとうのが現実と言わんばかり。
映画で描かれるのは、男の行き来する二つの世界で、一つは団地内の、妻(広末涼子)と子と暮らす普通の家庭。もう一つが、知的で華やかで生活感の薄い愛人(寺島しのぶ)宅。
苦しみもあったが、妻は守り続けた。何を?
苦しみもあったが、愛人は断ち切った。何を?
選んだ生き方は違っても、嘘でいっぱいの男に対する、それぞれの愛は真実。

「犬王」2022/06/01 18:38

文・古川日出男(原作者)、絵・松本大洋(キャラクター原案)による「犬王御伽草子」。劇場特典でこういうの配布するのがアニメ映画の定番になってきている。


TVアニメ「平家物語」が面白かったので、同じ古川日出男原作・サイエンスSARU製作の「犬王」も期待していました。また、野木亜紀子のアニメ映画初脚本っていうのも興味津々だったのですが、パンフレットのインタビューではもの凄い難しかったとのこと。理詰めで物語る脚本家と、感覚的映像表現重視の湯浅監督とのせめぎ合い……
そういうわけで、台詞よりも大胆奇抜パフォーマンスで観客を引っ張っていく作品誕生。先月観た「xxxHOLiC」と同じ系統(アニメと実写の違いはあれど)でしょうが、「犬王」のほうが登場人物の心情を言葉で表すシーンがさらに少ないのです。
盲目の琵琶法師が異形の舞手と組んでビジュアル系ロックミュージカルを三条大橋でぶちかますお話。室町時代になってもいまだ怨念の晴れない平家の亡霊たちが、語り聞かせることによって成仏していく。一番の見どころである凝った仕掛けのライブパフォーマンス、この時代にこんなんアリか!?と違和感を持ってはいけない、映像資料が残っているわけでもないしやってやれないこともないだろうと受け入れなければ面白さがずいぶん違ってくるのでしょう。
犬王という実在した人物、熱狂的に流行った一座は権力者(足利義満)によって枷をはめられ、衰退し、歴史の流れの中に消えていきます。その無念の想いが晴れるまでの物語。

「茜色に焼かれる」2021/07/11 21:45

映画の後、お昼に喫茶店でカレーを食べる。尾野真千子演じるヒロイン・田中良子が、コロナで経営していたカフェを閉店させたって設定で。

石井裕也監督のオリジナル脚本で、自粛の嵐吹き荒れる20年に撮影した嵐のような逆境映画。スマートな作品ではないし、希望とか清々しさとかも感じられませんでした。ポスターでは美しい夕暮れのシーンが、スクリーンで観ると嘘っぽくて、美しいのはヴァーチャルだけだと言わんばかり。
登場人物の一人(風俗)が、「ナメられてる」と繰り返す。そうだ、男たちは立場の弱い女をナメている。政治家たちは日本国民をナメている、IOCや欧米は日本やアジアをナメている。ないがしろに扱われる屈辱の現実を、田中良子は薄ら笑いで受け止める。受け止めきれなくなったとき、凶暴に爆発する。
昨年観た「MOTHER」も異様な母親と息子との絆の物語でしたが、今回のヒロインは、逆の方向にエキセントリックでした。信念に純粋で頑なすぎてみんなから「理解できない」と言われちゃう。自分のルールを貫いて負担を背負う。不本意だけど○○だから仕方がない……ああ、コロナの社会っぽい。彼女の繰り返す「がんばりましょう」が、虚しすぎる。
たった一つ残された灯は、息子が将来楽しみないい男であること。読書家中学生(設定)とは思えないスタイリッシュな身のこなしを見せてくれた和田庵くんは今後も俳優業(スケボーも)がんばって活躍ほしい。

「朝が来る」2020/12/19 00:14

不妊治療への金銭補助増加が現政権の目玉政策だそうですが、どうも、ピンとこない。授かりもの、巡り合わせ、という認識があるからだ。妊活、と言われればあまり気にならない。治療と言ってしまうとまるで病人みたい。
それよりは、授からない人と育てられない人を結びつける養子縁組制度を拡充させる方が合理的に思う。そして実際に、特別養子縁組成立件数は増加傾向にあるそうだけど。
出産というプロセスの圧倒的なインパクトは、猪口才な合理性など超越してしまうのか。

多用される役者さんの顏のアップに、存在感たっぷりの自然描写。
五輪映画撮り損ない記念(来年ワンチャンあるかな)に、河瀬直美作品。この監督さんは国際的には評価高い(だから五輪や万博なんかで声がかかってくる)けど、その知名度の割に、国内ではあまり多くは鑑賞されていない。この映画も、原作は人気作家の小説で、実力派の役者さんをそろえてきたのに。
二部構成。ポスターだと永作博美が主人公みたいだけど、前半はなんか不妊治療と特別養子縁組制度の啓発っぽさが強くて。後半の蒔田彩珠のやりきれない感じの方が印象深い。この人は今年観た「星の子」でも複雑なモノを抱えてやりきれない感じを好演。恋人と楽しく自転車二人乗りの光景に「なんてベタな」と思ったけど、それが数年後には生活のための新聞配達で自転車を漕ぐ。子供を産んでも育てられない側の方が苦境に立っているのは、当然ではある。
この映画では、子供の小学校入学までは「もう一人の親」の存在を知らせるお約束になっている。子供の知る権利って、養子でも不妊治療でも、大切。
子供は子供自身のために生まれてくる。
だけどやっぱり、親のためでもある。