「くれなゐの紐」2025/10/29 23:35

血よりも赤い絆の紐はか細くて、しかしそれを頼みにするしかない少女達。2019年刊行の光文社文庫、初出は2014年。須賀しのぶの好む、強い女たち。
大正十二年の浅草を舞台に、姉を探す少年・仙太郎が女装して少女ギャング達と交わっていく。少女小説と言えるほど奇麗事ではなく、悪徳小説と見るには彼女たちの立場は脆い。
ちゃんと表の仕事を持っている娘達もギャング団に所属するのは、そうやって寄り集まって己を強化させないと、他の誰かの食い物にされてしまうからなのでしょうか。
彼女たちの憧れも絆も掟も、不安や憤りの上にある。
主人公こそ15歳の少年ですが、少女達が自由に生きていくために、気丈で強かでいなければならない世界が描かれます。

「神の棘」2025/10/04 16:14

読み終えた後、すぐにⅠから読み直す。ⅠとⅡとで、登場人物の印象ががらりと変わる。
キリスト教、ナチスの支配、ユダヤ人の迫害。須賀しのぶの真骨頂、2010年刊行作品の、新潮文庫版。
マティアスは純粋直情型猪突猛進なフランシスコ会修道士。
アルベルトは知的愛妻家強靱精神のナチス親衛隊。
学友であった二人が、正反対の立場で、第一次大戦後の不況時代から第二次大戦後の、ドイツ、ロシア、イタリアでそれぞれの戦いに身を投じる。
苦しみと憤りの連続。極限状態で誰かを、何かを守りたい。しかし大きな人間社会のうねりの前に、もどかしい。
なんとか知恵を力を振り絞り最善を模索する中で見える、人間の美しさと悲しさ、愛おしさ。

「芙蓉千里」2024/08/31 11:47

「北の舞姫」「永遠の曠野」と合わせた三部作。海を超え大陸に渡った少女・フミの波乱に満ちた半生。
始めは、女郎宿という、女の世界を主な舞台として、共に売られたタエちゃんとのシスターフットもあり、かろうじて少女小説の形を保つのですが、二巻以降は作品舞台も広がり、やがてモンゴル人の独立運動にまで絡んでいく。ロシア革命以降アジア大陸にもたらした歴史小説の色合いが濃くなります。
角川の文庫版では、長かった最終刊は二冊に分けて全四巻になっていました。
女郎になることを夢見て、ハルビン一の舞姫になるためにあんなにも頑張ったのに。お世話になった人も築き上げてきた生活の基盤も、全てを捨てて、フミが選んだ道が、盗賊のおかみさんになること! ここは、ちょっと共感しづらいものがあります。
努力を惜しまぬ情熱も、酷い目に遭ってもへこたれないタフさも凄いのですが、最終巻ではフミの持つそもそもの基本スペックが超人的であることが示されます。それがあってこそ、激動の時代、命がけの冒険に身を投じて生き延びてこられたのは確かだと思います。
誰かに求められる存在になりたかった少女が。
自分が欲しいものを求めて、恐れること無く駆け巡る。

「荒城に白百合ありて」2024/03/02 10:08

須賀しのぶの、幕末時代小説。
時代設定は違えども、二作続けて現実に心が溶け込めないヒロインの物語です。
鏡子は自己が薄い。故に、会津武士の娘として、武家の妻として、雛形に形を合わせることによって自分を成り立たせる。
彼女ばかりではなく、多くのひとにも、そういう要素はあるような気がします。そこに生まれ落ちたときから求められる生き方、というのは。
それに何の違和感もなく素直に入り込めるか、
それに疑問を感じて苦悩や反発があるか、
鏡子はそのどちらでもなく、形式的であることに自覚がありすぎました。
友人の中野竹子が持つ力強い自我をまぶしく感じることはあっても、自分がそちら側の人間にはなり得ないことを承知している。
そうするべき、で生きていて。
そうしたい、は特にない。
そんな彼女が例外的に欲するものが二つ。
一つは、自分と同じ側にいる、薩摩藩士の男。
急変する時代の中、炎の中に滅びていく会津の城下で、破滅的な絆で結ばれた二人の物語。

「夏の祈りは」2023/12/06 20:10

須賀しのぶの、高校野球もの、新潮文庫。
激戦区・埼玉県の公立高校野球部を舞台にした、連作短編集。私立強豪の壁に甲子園への道を阻まれ続ける北園野球部ですが、第一話では、同じ公立高校チームに敗れます。
甲子園に行くため、必要なものは何か。
悔しさと同時にプレッシャーからの解放を味わう主人公は、対戦相手のチームから、その鍵を感じ取ります。
その昭和最後の夏から、平成29年まで、北園高校の甲子園への挑戦が描かれます。
第一話、敗れた君に届いたもの
第二話、二人のエースナンバー
第三話、マネージャー
第四話、ハズレ
第五話、悲願
どのページを開いても、ツボにはまるシーンばかりなのです。
今年の夏は、エンジョイ・ベースボールが頂点へ上りましたが。
選手も監督もマネージャーもOBも、みんなで1つの目標を目指し、戦う。
夏の祈りを楽しめた者こそが、祭の主役にふさわしい。

「紺碧の果てを見よ」2023/10/14 22:45

「どこか行ったら厭だよ」
「行くもんか」
須賀しのぶが描く、日本近現代史青春ストーリー。
「君たちはどう生きるか」も含め、三作続けて、日本の戦時中が舞台の物語です。
始まりは、今から100年前、暑い夏、関東大震災。混乱の中、一度は家族を守ろうと決めたのに、鷹志少年は軍人になるために親戚の家に養子に。
彼はまっすぐな男の子で、みんなを守る人間になりたいという気持ちは本物なのですが、その後の歴史を知る読者の立場としては、まったく、複雑な思いです。兵学校に行かずとも、若く健康な男子が戦場に送られるのは変わらないのでしょうが。
戦闘描写は、なじみの薄い用語が多くて、なかなか難しい。
ただ、戦争のお話である以上に、これは、妹萌えの世界でした。もしくは、兄貴萌え。それに激しく心を掴まれてしまったのが、兄貴の兵学校時代の友人。
芸術家肌で、孤独で、一途な妹、雪子。
物語が進むにつれ、願わずにはいられない。「終戦まであと少し、なんとか生き延びて、妹の元へ帰ってあげて!」
離れていても、紺碧の海を通してつながっている。守られているのは、鷹志の方だったのかもしれません。

「革命前夜」2023/09/25 22:03

昭和の終焉からベルリンの壁崩壊までの期間、東ドイツ(DDR)が舞台。主要参考文献もドイツや東欧革命関連ばかり。物資不足と密告の陰がちらつく社会も、興味深く描かれていたのですが。
しかし、これは、著者・須賀しのぶ自身の好みなのでしょう、音楽大学の学生たちを中心とした、青春クラシック音楽小説なのでした。おかげで、久しぶりにゴルトベルクのCDをかけたし、大阪クラシックも意欲的に楽しめました。
物語は日本からの留学生・マヤマの一人称で描かれるので、他の人物の本音とかバックグラウンドが明確には示されないのがもどかしいというか、考察し甲斐があるというか。マヤマはずっとスランプで屈託がある。それを引きずり回す、天才ヴァイオリニストの強欲で強引で折れないところが、めちゃくちゃ格好良い。ラストは、ずるいくらい。
革命が起こり、壁は取り払われても、未来が光輝いているとは限らない、問題は山積み。若き音楽家たちがこの後どう生きていくのか。
続編、出ないものでしょうか。

「帝国の娘」2023/09/02 16:24

今さらながら、須賀しのぶにはまり、前世紀末の少女小説も手に取る。コバルト文庫の旧表紙が懐かしい。
流血女神伝、という物騒なシリーズ名で、はじまりは、身代わり男装女子。
主人公のカリエちゃん14歳は、病気の王子の身代わりとなるためにスパルタ指導を受け、王宮で他国の軍装王女と友達になったり、美形の僧侶にめろめろになったり、タイプの違う3人の王子たちと寝食をともにしたり。
昨今のファンタジー少女漫画のテンプレみたい(99年当時は、どうだったのだろう??)ですが、それだけではないのが、この作者。
死の影、貴族の横暴、愚鈍な支配者階級への民衆の不満、戦争の気配。そして、人への執着心の深さが刃となって、血が流れる。
過酷な運命に翻弄されながら、様々なことを知ったヒロインが、新しい道へ踏み出していく。
シリーズ序章。

「また、桜の国で」2023/08/25 22:44

日本では八月ジャーナリズムと言われる戦争特集がメディアによって行われますが、来週から青春アドベンチャーの再放送が始まるのは、9/1のポーランド侵攻に合わせてのことなのでしょう。久々に、聴いてみよう。

ワルシャワ蜂起。教科書の記載一行ほどのその出来事は、結果から見れば、一年もしないうちにヒトラーが倒れるのだから、武器を取るよりじっと耐えていた方が、被害は小さくすんだことでしょう。
ドイツが劣勢となる44年、彼らが立ち上がるまでに、どのようなことがあったのか。ドイツとソ連の間にある、ポーランドの人々の苦難、ユダヤ人たちの尊厳を徹底的にたたきつぶす政策、状況次第で信じられないほど非道になれる人間の業。
須賀しのぶの歴史小説、力作でした。物語はミュンヘン会談後の1939年欧州から始まり、主人公は在ポーランド駐日大使館の書記生。彼らは日本とポーランドの友好を維持するため、戦争を阻止するため、力を尽くすのですが、彼らの祖国は仲良くする相手を間違ってしまう。
過酷な運命の中で、祖国とは何かと問う。戦時下の状況で結ばれた絆に胸が熱くなります。骨太の歴史小説ですが堅苦しさや小難しさを感じさせず、とても読みやすい。
在シベリア・ポーランド孤児というのも、初めて知りました。昨年あたりに支援事業100周年で取り上げられたりもしたようですが。本書は平成27~28年頃の発表。
辛く重い物語ですが、この悲劇と散る桜のごとき美しさを語りたい伝えたいという著者の想いがひしひしと伝わります。

「荒地の家族」2023/07/16 23:01

地面が動く、などの表現が、結構好き。
同じく23年上半期に芥川賞受賞した「この世の喜びよ」とは、うって変わって、苦しみに満ちている。著者の佐藤厚志氏は本業が仙台の書店員、あの震災に関する現地の人による描写はさすがに重みを感じました。
話は、暗い。死のイメージが随所にちらつき、主人公の植木屋、坂井祐治の自己肯定感の低いこと。震災で奥さんと商売道具と故郷の風景を失い、その後も、色々上手くいかない。淡々とした文章で綴られる、荒涼とした心情、喪失感、虚無感、徒労感。
彼の母親や息子は、今現在の現実の上をしっかり踏みしめている感じなのに、主人公は背中にべっとりと過去の亡霊を張り付かせている。
もちろん、現在、というのは過去から切り離すことはできないし、未来までつながっていくものではあるのだけど。