「abさんご」2013/11/18 00:44

 平成24年度下半期の、芥川賞受賞作。
 横書き、漢字を避けてわざわざ平仮名表記、一語の名詞ですむモノを回りくどく表現(たとえば「死者が年に一ど帰ってくると言いつたえる三昼夜」って、何のことかと思ったら「お盆」のことでした)・・・・・
 そんな感じで、文字数をたくさん費やし詳細に説明されていながら、ごく簡単な事象が読解しづらく、薄ぼんやりしたイメージになってしまう小説です。
 読みにくさのあまり最初の数行で一度本を置いたくらいですが、幸いなことに、思ったよりも早くこの文体には慣れました。
 慣れなかったのは、語られている内容の方でした。
 主人公(たぶん女性)が、自分の幼少期や親(おそらく父親)の死について、断片的な回想を述べています。述べているっていうか、夢に見ているっていうか、ぼやぼやと漂わせているというか。
 輪郭のはっきりしない、印象派絵画のようです。人の記憶って、そんなものかもしれません。
 印象が甘ったるいのは、特異な文体のせいだと思います。
 しかしきちんと読めば、語り手の思考は意外と冷静で論理的で、なんか冷たいのです。
 びっくりするほど体温の感じられない、好きになれない主人公でした。

「冥土めぐり」2012/08/25 22:34

死んだような過去の思い出をたどり、新たに生まれ変わる主人公。
図書館の文芸春秋で読んだ、鹿島田真希の芥川賞受賞作。
ですが、読み始めて数行で「これ、ニガテ」と思いました。主人公の「自分、不幸なんです」って主張が強すぎて。
実際、ダメな母とダメな弟のせいで、ひどい目にあっていて、お気の毒ではあるのですが。
そこまで嫌なら、唯々諾々と振り回されてないで逃げるなり抵抗するなりイイのにって思ってしまいます。
親兄弟のコトなので、そうそう割り切れるものではないし、こういう気持ち悪い依存関係にある親子がこの世にあることも重々承知しているのですが、それにしたって「どうしてそうなっちゃうのか」って部分をもうちょっと追求しないと説得力に欠ける気がします。
説得力がない、といえば、常軌を逸するほどイイ人な主人公の夫の存在。体は不自由だけど魂は聖人のように清らか。著者はクリスチャンらしいので、意図的にそういう人物として描いているのでしょう。この夫のおかげでヒロインは不幸の沼から抜け出す希望を得るのですが、ここまで天然にイイ人の存在がなければ人生をやり直すことができないのかって思うと、逆に希望が感じられないなあ。
平成版「斜陽」って説明を読んだことがありましたが、全然違いました。没落した金持ちってところは同じでも、「斜陽」のお母様と比べて、あまりに精神が貧しいです。
お金の有る無しが、人間のすべて。
あまりに古い価値観なのに、未だにそこか離れられず、現実を見ない母と弟。
これを現代日本の縮図であるかのように見るのは、やっぱり、無理があるよなあ。

「ナイチンゲールの沈黙」2012/04/08 16:34

 今日の「題名のない音楽会」は、録画しておけば良かった。平原綾香のボイスパフォーマンスが、格好いい。ベーシストさんとのデュオ。もともとジャズの勉強していた人なんやなあ。
 人の声は、美しい楽器である。

 医療ミステリーのふりしたキャラクター小説、「チーム・バチスタ」シリーズの第二弾。大げさなあだ名をつけて気取った修辞で綴られるのは、この作者の特徴のようで、前回は一人称だったから「語り手がそういうキャラクターだから」と思えたわけですが、三人称でもこういう文章で突き進むようです。
 それだけならまだしも。
 歌によって、聞く人に鮮明なイメージ映像を見せることができるってのは、やりすぎなんじゃないでしょうか……
 医療ものであり、ミステリであり、キャラ小説であり、ファンタジーであり、さらにショタ(年の差……アカンやろ、小児科ナース)にまで領分を広げるとは。
 重い運命を背負った小児科病棟の子供たちと、ネグレクトな父親が殺害された事件ってのが本筋なので、そこに絞ればよいものを。いろんな要素が含まれる小説は嫌いじゃありませんが、この作者にはそれらをバランスよく配置しきれないんじゃないでしょうか。
 だから、前半はかなりタルいペースで、それを突き破るキャラクターが登場してくる後半から、ようやく話に引き込まれてきます。
 子供相手に大人げない白鳥捜査官に加え、型破りエリート警察官僚も登場。もちろん愚痴外来のグッチーも前作と変わらずイイ人です。
 そして、ほんのチョイ役でしか出てきてない「ジェネラル」速水医師が、ホントにほとんど出番がないにも関わらず、格好良い……
 このシリーズ、第三弾もそのうち手を出すことになりそうです。

「螺鈿迷宮」2012/01/21 22:13

 バチスタ・シリーズのグッチーも、いわゆる総モテなキャラでしたが、同じ作者による医療ミステリなのに、この落ちこぼれ医学生がどうしてこんなにも周りからチヤホヤされるんだか、さっぱりわからない!
 病院が舞台で、最初から事件も提示されているのですが、どうも、医療ものとしても、ミステリとしても、しっくりこない。
 古い病院にまつわる伝説とか、桜宮一族の血脈とか、過去の因縁とか、設定は金田一ちっくかもしれない。
 主人公である医学生・天馬君による一人称が、どうにも中途半端で覇気がなくて。モラトリアムってやつなんでしょうが、妙に甘ったるい言い回しで、ユーモア小説としても、微妙。
 他の登場人物たちも、なんだか芝居がかった喋り方でウサン臭くって。
 慢性期、終末医療の在り方とか、真面目な問題提示もあるっていうのに、非現実感が強くって。
 ターミネーター・ナースの姫宮も、痛々しかった。ありえないレベルのドジッ娘ですが、動作のトロイ点で、私自身に身につまされる感じがして、笑えない……
 同じありえない系でも、バチスタ・シリーズの白鳥なんかは、面白いのになあ。
 続編がありそうなラストでしたが、続きを読むかどうか、未定。

「チーム・バチスタの栄光」2012/01/01 00:30

 前の職場がアレだったもんで、評判が良くてもなんとなく、医療ものを避けていたのですが、たまには、もうそろそろ。

 キャラクターがとても良い小説でした。ポジとネガって何のことかと思ったら、ポジティブとネガティブやったんですね。
 実は、最初は、ちょっと読みにくかったんですよね。グッチーの一人称は、出世コースから外れていることに開き直っているようで、でもトコロドコロ拗ねている、皮肉と卑屈の混じった視点。そんなグッチー、キライではないし彼の考えに共感できる所も多々あるのですが、なんか、ハツラツとしない。状況説明のための細切れのエピソードで話の流れが悪く感じたり、事件解決の道がさっぱり見えなくて、手詰まり感があって。
 それが後半、白鳥の登場によって、物語は一気にスピード感を増します。グッチーが、手足を縮めた亀のようであれば、白鳥は正に、翅を広げどこへでも無遠慮に這いずり回るゴキブリの如き傍若無人っぷりです。
 この二人のほかにも、ひょうひょうとした病院長とか、高潔な志を持つ桐生医師とか、みんないい味だしているんですよね。
 ただ、ミステリーとしては、少し残念でした。容疑者たちの人物像を炙り出していくのが捜査の中心であり本書の面白味なのですが、肝心の犯人特定にはあんまり関係ないんですよね。手術中の殺人トリックも、「それって医学の知識がないとわかるわけないやん」て思ったし。
 病院ものとしては、大学病院独特のシステムが、私立病院と違ってて、面白かったですね
 私立病院では医師の論文の数なんてコレッポッチも意味ないですし、救急病院としては嫌がらずに救急患者受け入れて夜勤にも入ってって医師が尊敬されますし、事務職員としては救急受け入れと並んで書類を溜めずに書いてくれる医師が有難がられます。
 でも、電子カルテの導入を進めにくいのは、どこもオンナジですね。

「心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている」2011/03/08 10:54

「ぶつぶつ言っていないで、試しに飲んでみな。隠し味は塩酸だ」
 無愛想で口が悪いが頭の切れる心霊探偵に、明るくて真っ直ぐな心根の女子大生。
 ベタだ。でもツボな組み合わせ。普段はくーるに憎まれ口たたくくせに、彼女がピンチになると明らかに心配した様子をみせる八雲君。
 他のキャラクターも結構類型的で新鮮味は乏しいのですが、でも軸っていうか、狙いがブレずに安定しているので、だんだん馴染んでくる。
 先月深夜に、アニメ版がまとめて放送されていたのが結構面白くて、それからたまたま図書館で原作第一巻を見つけて借りてきた。
 2004年、文芸社。もともと2003年に「赤い隻眼」と題して刊行されたのが(ウケなかったため)、改題、加筆修正してリニューアルされたもの。
 第一巻には三話入っていて、そのうち一話はTVアニメにはならなかったもの。残りの二話も、アニメ版とは多少の変更点あり。
 挿絵のないライトノベル。簡素ですいすい読める、というか、こなれていない感じの文章。事件のネタが最初から分かっているせいもあるんでしょうが、これならTVアニメの方が面白かったかなあ。
 ぶっちゃけ、八雲君のヴィジュアルと声優さんたちの力が大きいのかも知れない。

「葵の帝 明正天皇」2010/09/15 23:23

 有名な和宮は天皇家から将軍家へ嫁いだのですが、昔は逆だったんですね。
  「和子の和は公武和合の和」と、祖父の徳川家康から言われたのが8歳のとき。入内後、和子女御(東福門院)は徳川の血筋を帝位につけることを生涯の使命として執念を燃やすのですが、菊と葵のせめぎ合いの果て、夫の後水尾天皇は(拗ねて)譲位し、和子の長女、女一宮(明正天皇)が即位したのでした。
 女一宮、このときわずか8歳。家康もこんな形で曾孫が葵の帝になることなんて望まなかったでしょうが、和子の産んだ皇子はすぐ死んじゃうし、後水尾天皇は徳川家大嫌いですし。
 作中で何度か触れていますが、武家の血筋の天皇は、あの安徳天皇以来なのだそうです。もしもこの時代に頼朝クラスの人材がいたら、東福門院と明正天皇は、建礼門院や安徳帝のような運命をたどったかもしれません。実際は、ひいおじいちゃんは危険分子に温情かけて伊豆に流すなんてことはせずにきちんと排除してくれていたのですが。それでも、由井正雪の乱が起こったとき、朝廷にいる彼女たちは、思わずにいられません。徳川家が亡んだら、どうなるのだろう?
 後水尾との手習いで、「忍」の一字を書く場面が印象的です。後水尾は「関東ふざけんな!」の思いで力強く書くのですが、女一宮の「忍」は弱弱しい。菊と葵の狭間を流れるか細い谷川に喩えられます。「朕の皇位は呪われておる・・・・・・」
 それでも、彼女は、武家と公家、母と父との融和を己の役割だと考えて心を砕くのですが、21歳のとき、突然父から退位を申し渡されて・・・・
 気鬱に伏せる彼女の癒しとなったのは、ぼろぼろの衣を纏った、一人の僧侶だった!
 武家と貴族の両方のトップの血を引く女一宮が、貧しい身なりの一介の僧侶に救われるのですよ。宗教、信心の力ですね。一方、同じくストレスの多い人生を送った東福門院の癒しが、着道楽だったというのも面白い。女だったら、服買うの楽しいですよね。

 作者の小石房子さんは「女帝」がお好きなようで、古代の推古・斉明・持統の三部作があります。いずれも血みどろの権力闘争の中で激しく悲しく生きた女の物語ですが、今回の明正天皇が一番面白かったです。

「真鶴」2010/08/24 17:45

 傑作です。
 これまでの川上弘美文学の集大成っていうか。ヒロインに不可思議な存在がついてくるのは芥川賞を取った「蛇を踏む」(今、めっちゃ読み返したい)をはじめとした幾つもの作品に用いられてきた手法で、失踪した夫の位牌を拝みに夫の故郷へ行くあたりは、「センセイの鞄」でセンセイが亡くなった奥さんの墓参りにいく件を思わせます。

 話の筋自体はシンプルなもので、ヒロインの京は、十数年前に夫に失踪されて、母と娘と、三世代の女三人暮らしで、時に、妻子を持つ恋人と会っている。そんな彼女が、「ついて来るもの」と対話していくうちに色々思い切ることが出来る、ということなのですが。
 現実(住まいである東京)と夢幻(旅先の海辺の町、真鶴)の世界とを行ったり来たり、交差したり、という構成には重大な意味があり、要するに日常生活の雑事の中で紛らわせてしまっていた繊細なものが、旅先という異界で少しずつ向き合っていくということです。
 最近再読した「スプートニクの恋人」でも、自分の大切な一部を異界に隔離してしまった人物が出てきますが、京も、「真鶴」にアルモノを置いてきます。しかし「スプートニク」と決定的に違うのが、たっぷりの切なさ。そして置いてきた後の、希望。 
 遠い、近い、にじむ、交わる。夫や恋人や娘との距離の感じ方、その愛情の繊細さが、川上弘美独特の、ひらがなを多用した柔らかい言葉で紡がれます。ひとつの単語に幾重にも意味を見出せそうで、これはちょっと、一読しただけではキチンと理解できそうにありません。
 回想と夢幻と現実と。切れ切れで抽象的な表現を多用していますが、でも、何か、伝わるのです。それが誤魔化しのない、一人の女の赤裸々な心情の在り様なのだと。
 激しく燃えあがるような熱い心情ではなくて、水のように切々とした悲しみ。
 本当に切なくって、じんわりときます。

「東京島」2010/07/31 10:21

 また、後味の悪い小説を読んでしまいました。

 桐野夏生は、題材の選び方が上手いんですよね。刺激的な設定を容赦なく切り込んでいくので、序盤から中盤にかけては凄く面白くて、でも終盤になると失速してイマイチな結末になったり気持ち悪さばかりが溜まっていって読みづらくなったりすることが多々あります。
 でもこれは、とにかく最後まで一気に読めました。

 谷崎潤一郎賞受賞、映画にもなるそうですが、こんなエゴ全開で情緒不安定なヒロインを映像でどう表現する気でしょうか。
 これはギャクだと思って、読んだのです。女一人が周りの男たちにやたらチヤホヤされるのは少女マンガの定番ですし、無人島という設定も古典的というか漫画っぽくて(そういうジャンルってありませんか)、しかしその女は四十代後半の中年で、自分がモテるのを気分良く受け入れているのです。
 実際、ヒロインの清子の視点だけだった序盤は、イタイ女の愚かで滑稽な話として読めるのですが、そこに男たちの狂気とかオカルト(というか、二重人格)まで混じってくると、痛々しさがコメディ色を上回ってきます。
 性欲、食欲、権力欲、サバイバル生活に、文明社会へ帰りたいという切実な願望。
 人間のエゴを、可笑しいと笑うか、醜いと嫌悪するか。

「シャーロック・ホームズの生還」2010/04/11 10:40

 世界一有名な名探偵が、還ってきた!
 今、映画でもやっていますねえ。19世紀末のロンドンなのになんかアクションたっぷりなのと、探偵のビジュアルに違和感を感じて、観に行くのは二の足踏むのですが。
 ホームズは子供の頃すごく好きだったのです。嫁に行くならホームズみたいな男性が良いと真面目に考えていたくらいです。
しかし今、読み返してみても、一体この変人のどこら辺がそんなに魅力的なのか、その理由がさっぱり分かりません。分からないのですが、正体不明のトキメキを覚えてしまうのものまた、事実なんですよねえ。
 思うに、語り手であるワトスン博士が、とことんホームズに心酔していて、しかも大変な褒め上手なところが大きいのではないのでしょうか。ワトスンのホームズ大好きパワーが、伝わってくるのではないでしょうか。
 今回読んだのは、光文社文庫、日暮雅通の新訳版。昔とおんなじ挿絵が懐かしい(だから、映画版が余計に違和感ある)。
 何度も読み返しているので、記憶に残っている話も多かったですが、楽しく読めました。
「空き家の冒険」:モリアーティとの戦いで死んだと思われたホームズが、ロンドンに帰って来た!自らを狙う殺し屋を罠にかける。
「ノーウッドの建築業者」:名探偵に、小細工のし過ぎは厳禁。
「踊る人形」:有名な暗号解読もの。
「美しき自転車乗り」:ストーカーもの。
「プライアリ・スクール」:誘拐事件。上流階級の大物のスキャンダル。
「ブラック・ピーター」:極悪な船乗りが殺され、無実の青年に疑いがかかってしまう。
「恐喝王ミルヴァートン」:ホームズでも正攻法では勝てない相手。しかし、女性の恨みを買って無事なわけがありません。ホームズの特技の一つに<金庫破り>が付け加えられる。
「六つのナポレオン像」:超有名な話。人間味あるホームズの姿。
「三人の学生」:研究のために学生街に居を移したホームズ達に持ち込まれた、カンニング事件。なんか、さわやかな締めくくり。
「金縁の鼻眼鏡」:超有名な話、手がかりの鼻眼鏡一つで鮮やかに犯人像を言い当てるホームズ。ロシア革命の気配がチラホラ。しかし、「十五世紀の僧院の記録ほどわくわくさせられるものはないよ」って、ホンマですか?ホームズ多趣味だ。
「スリー・クォーターの失踪」:ホームズ流尾行術。でもこれって反則くさい。
「アビィ屋敷」:ホームズ物は、被害者より犯人の方がいい人なケースが結構あります。これも、私設裁判でケリをつけちゃう。
「第二のしみ」:第一次大戦の気配がちらほら。超重要な事件を、そんな解決方法で、よく依頼人が納得してくれたものです。まあ、紳士的手段ですけど。